
日よ来てくれと 願う毎日
てるおですけど、何か?
子供たちには不自由をさせたくない…
と思って今まで来た。
行きたいところがあれば、できる範囲で連れていきたいと思っているし、
欲しいものもできるだけ提供できるようにしてきた。
だけど、
それって、子供たちからしたら、「わからんこと」であるのよ。
常に物があるのだから。
わしが子供の頃は、無いから「ある」ことが珍しい…だった。
ない事が当たり前だったからね。
それが嫌でね、
自分が親になった時はそういう思いをさせたくないって。
「これ買って」っていうのも遠慮してたし…小学生のころから。
だから、
駄々こねる事もしてこなかった気がする。
だって、買ってもらえないの知ってるからね。
だから、
祖母の旅館でお手伝いして小遣い稼ぎをしてたもんな。
で、親になってみて、
頑張れば、そういう環境作れるじゃん!って、
不自由ない環境を作る努力をしてきたわけですわ。
…
それがいい事なのか、悪い事なのか、
わからんことが良くあるのよね、最近。
全てが当たり前だと思われて、子供らがアホ発言した時とか…
「これが当たり前だと思うなよ!」って。。。
当たり前にしたのはわしなんだけど(笑)
…
せっかく参加できたサッカーの練習を
周りのせいにして、面白くなかった…とかいう感じも、
「あたりまえ」精神の延長なのかなって。
練習の時、いつも楽しい仲間で、自分のやりたい事だけをできる訳がない。
楽しくない中でも、楽しい事を見つけていく作業が
どんな環境でも生き残っていく精神力を作るってことを
学んでほしいなぁ~って。
「勉強めんどくさい…」
とか、
「勉強だりぃ~」
…
「そりゃそうだわ」(笑)
君ら、物事のほとんどをまだ知らず、
だから今は、わからんことをとにかく詰め込む作業だけなんだから。
ワカランノガアタリマエ。
ソリャツマランワ。
体内記憶や、前世の記憶があるのあらばまだしも、
脳みそツルンツルンなのだから。
じゃけ、
「わからんけど、やってみよ!」の精神で
暫く生きてみてほしいのだよ。
ほいたら、脳みそが、
「わからんことあったら、知りゃいい」
と転換して、知ることが楽しくなってくる。
今ある全てでぶつかってみて欲しいのだよ。
ほいたら、
あろうが、無かろうが、
満たされてようが、満たされてまいが、
日々が楽しくなるのだよ。