TSUTAYAに行ったら大体、少年が主人公のストーリーを探したりする。
それは、俺はいつもそういう少年たちの日常に憧れ、自己投影し、或いは
冷めた視線で見切りをつけるため。刹那的で厭世的で退廃的な彼ら。
そんな風に生きたい。が、あれは飽くまでもフィクション。現実には存在しない。
わずか数十分の枠の中だけで思い切りはしゃぐ。一人の人間がアニメのキャラクターのように
毎日同じ気持ちで生きるなんて、無理な話だ。行き詰って死ぬ役もそう。そんなキャラを
背負って存在するなんて馬鹿げている。ただ…何にも成りきれない俺みたいな奴は、そんな
彼らを羨ましく思う。