(ss)
(ほぼ二次創作)



ある日のエリュシオ、昼下がりにて。





ヴァレンタインはひとりで、苔生した岩石にもたれかけていた。
国同士の争いの絶えないここ地界であるが、世と隔離されたヴァレンタインの一族には、ほとんど無縁の出来事であった。

すこし乾いた空気も、土の匂いも、この地界に季節感は薄いが、どこか情緒的な気がして好きだった。
ぼんやりと自身のつまさきを眺めながら、ヴァレンタインの瞳は少しだけふせられ、何かを考えているような、なにも分かっていないような、そんな風だった。



「ひとりかい」

低く心地よい声がした。
ヴァレンタインがゆっくりと顔をむけると、大柄な鋼の装いの男が、これもまたゆっくりとこちらへ歩いてきた。


まるで軍人かなにかのような出で立ちで、ひょいとヴァレンタインに片手だけをあげてみる。
それを認めたヴァレンタインはぱっと笑顔を向けて両手をのばした。
「えーてつさん!」

うってかわった雰囲気のヴァレンタインの手を、そっと握るような振りをして永鉄がゆるく笑う。
「ながてつ、だ。言っただろう」
「言ったよ。永遠と鉄って書くんだって」
「それでながてつと読むんだと」
「言ったけど」
優しく手を包んでくれる鋼の手を嬉しそうに眺めながら、ヴァレンタインが首をかしげる。
「えいえんのてつだから、えーてつさんって、ぼくも言ったよ」
「..そうだったな」
「ふふふ、こんにちは、えーてつさん!」
「こんにちは、ヴァレンタイン」
互いに握る手は、ふれることはない。







抗争の続く地界で、永鉄は傭兵だった。
ヴァレンタインの少ない友人のうちのひとりであり、もっと少ない母親のようなひとだった。

「いい子にしてたかい」
永鉄がヴァレンタインの横に腰を下ろしながら問うと、ヴァレンタインの目がふっとかげる。
「悪い子だったのか」
「そんなことない、けど」
「怒られたか」
「がんばったんだ」
がんばったんだけど、とばつの悪そうな顔をするヴァレンタインに、永鉄は目を細め、ふむ、と一つ呟くと、コートの内側を探り出した。
「がんばったなら、ヴァレンタインはいい子だ。」
手を出して、との永鉄の言葉に素直に手をだすと、鋼の義手がちいさな粒をころりとヴァレンタインの掌に転がした。
「がんばったご褒美に、あげよう」
永鉄の口元は見えないが、笑ったように雰囲気が柔らかかった。

ぱしぱしと目を瞬かせたヴァレンタインが、今日いちばんの笑顔でわらった。
「えーてつさんありがとう!」






永鉄自身がすこし驚く程嬉しそうにもらったのに、ヴァレンタインは飴を食べず、ずっと掌におき眺めたままだった。
永鉄はその様子に何も言わないが、時折心配するように視線をなげていた。
「ねえ えーてつさん」
ぽそりとヴァレンタインが呟く。
空気に紛れるようなゴーストの囁きは、なにかのデジャヴを感じさせた。
「なんだい、ヴァレンタイン」
永鉄は、そのデジャヴを覚えている。
「...」
「言ってご覧、ゆっくりでいいから」
「...
もうすぐ、」
忘れちゃうから。そう呟くと、飴を眺めていた視線をふっと永鉄へむける。
「また、忘れちゃうから けど また飴 くれる?
食べたら なくなっちゃうから 忘れたら もらったことが なかったことになっちゃう」

そんな時期か、と永鉄が心の中でおもう。
初めてのことではない。
飴をあげることも、ヴァレンタインが忘れたことも、忘れてしまうと言ったことも。
その度、永鉄はこういうことにしていた。

「それなら、飴の包み紙をとっておくといい。
大切にしまっておけば、忘れても、そこにずっと残っているから」
透けてしまうヴァレンタインの表面を、ゆっくり撫でる。
「ヴァレンタインがそう言うなら、何度でもあげよう。だから、安心してお食べ」
不安そうな表情がゆるんでいくのを見ながら、永鉄が喉の奥でやさしく笑う。
「えーてつさん もしかして、前の僕も、同じことを言った?」
「ランプのしたの棚に閉まっておくといっていた」
「ほんとう?帰ってさがさなきゃ」

何度でもあげよう。思い出すまで、くり返してあげる。

「ありがとう、えーてつさん」
「そういえば、前のヴァレンタインも、頑なに俺をえーてつと呼びつづけていた」
「えへへ」
「なんで照れる」
「僕たぶん ずっとえーてつさんのこと好きなんだ だから、次の僕もきっと好きになるよ」
「..ありがとう」
「どういたしまして!」






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永鉄さん@ツチキコさんおかりしました。


永鉄さんからもらったあめ玉の包み紙は全部とっておくーという話をしたことがあったので。

地界時代から知り合ってたら..という妄想。
ヴァレンタインの一族のこともほんわりご存知だったらいいなあという。おかん大好き!なヴァレンタイン。

ありがとうございました!