前回からの続きです。
そもそも高血圧の定義は時代によって変わってきています。
昔は高血圧ではなかった範囲の数値が、
今ではすでに高血圧ということにされていることが
一般に広く知られているのかどうか…どうなんでしょう![]()
いわゆる医薬界の闇の一部でしょうが、
ここはあえて言及しないでおきます ![]()
ついでの話ですが、父は49歳で脳出血に罹患しました。
その後は処方された降圧剤が手放せず…。
かといって母以上に食事に気を使わない父のことですから、
脳出血の直接の原因が高血圧にあると
二人で信じていたのではないでしょうか。
父の場合は短気ですぐに頭に血が上るというのも
一因だと思われますが、あえて体が不自由になることで
神様にその横暴な振舞いを矯正させられているんだなと
私は思ったものです。
さて、その後も血圧測定の習慣は、
母が亡くなる直前まで続いていました。
自分で作った料理だって、塩のきいていないぼんやりした味を
「私は薄味が好きなの。美味しいの
」と
よく言っていたものです。
そんな母ではあったのですが、なぜか私の作るご飯は
美味しいと絶賛してくれていまして…
、
でも私の作る料理って塩をきちんときかせているんです。
もちろん自然塩を必要な個所に必要な量だけ。
今までの母にしてみれば塩を使いすぎかもしれないけれど、
母の体は塩のきいたご飯を美味しいと感じていたみたい。
体は正直なんです。
それに塩分を多く摂取しても体は賢いから
余分な分は排出されていくもの。
そのように何度も何度も説得したのですが、
今まで続けてきた塩抜き生活をやめることに
対抗があったようでした。
結局私の作った味噌汁を美味しいと言いながらも、
それでも汁だけはどうしても少しお椀に余らせてしまうんです。
お椀によそう時も、汁は少なめでと本人がリクエストしたにも関わ
晩年には多少は汁も受け付けるようになったけど、
具の栄養が溶け込んだスープの部分が飲めないことに
私はとても残念に感じてしました。
そういう食べ方で慣れてきちゃったから
身体が受け付けなくなってしまったわけですね。
そしてがんに掛かってご飯がまともに食べられなくなり、
それでも「あれが食べたい、これが食べたい」と
母のリクエストに応えたけれど…、
それを
「美味しい、美味しい。こんなにおいしい野菜炒めは初めて
」
力なくも大喜びでゆっくりと口に運んでいたけれども、
もう量がほとんど摂れなかったのはお互いに悲しいことでした。
私にとって、いえ、日本人にとって
味噌汁は滋養の味であります。
日本の大事な調味料である味噌と
野菜などの具材から溶け出す出汁
さまざまに溶け合った総合芸術だと信じています。
弱った体にも無理なく食べられますし、
小さな子どもの成長も助けてくれます。
だから私の料理をどこかで誰かに披露することになったなら、
迷わず具沢山の味噌汁を振舞って、
少しでも世界平和に貢献できたら嬉しいな、と
ふとそんなことを夢想してしまうのです。
おしまい![]()
