もし私が外国で日本料理を披露することがあるのなら、
迷わず味噌汁を必須メニューに加えると思います。
毎日飲んでいても飽きない、
まさに日本を代表するソウルフードです![]()
昔、私がまだ6歳くらいだったか、ある夕飯時に母が突然
「今日から味噌汁の具だけ食べて汁は残すから
」と
いきなり塩分断絶宣言をしました。
汁を残す理由は、医者に高血圧だと指摘されたからのようでした。
味噌汁に含まれる塩分を避けるように指示でもされたのでしょう。
その言葉通り、その日から具だけ食べて
汁だけ残す習慣がずっと続いたのは当然のごとく、
多分そんな母の姿を見て、私も汁を残すようになった気がします。
以来、母は味噌に含まれる塩分を敵視し、
塩を極力排除した料理を好むようになりました。
確かに塩の販売が1997年に自由化されるまでは、
塩と言ったら専売公社の不自然な精製塩しか店頭になかった時代です。
そんな不自然な塩を取りすぎれば体が悪くなるのは当たり前ですが、
味噌汁の塩分を減らせば高血圧が下がるって…そんな単純な話なのか?
と、今となってはおかしな話だとわかります。
そんな中でも、昔ながらの製法で作られていた塩を
会員制のシステムで買う人もいたかと思いますが、
ウチの母はあまり食事にこだわる人ではなかったため、
とにかく「塩は体に悪い!」の一点張りで、
その先を勉強しようともしませんでした。
しかもお医者様の言うことは神の言葉という認識ですからね ![]()
それに脳の血管が切れて死ぬ人が東北出身の人々に多いのは
味の濃い塩漬け料理が多いからと信じていましたし、
自分の高血圧を下げるには塩抜き生活が一番だと
医者の言葉を妄信していましたので、長らく塩は母の敵でした ![]()
そのせいかわかりませんが、常に母はイライラし通しで
非常に暴力的で性格も悲観的、体の具合も悪そうでした。
※単なる思い出話なので母への恨み言を言っているわけではありません。
あ、でも外ではそんな素振りは見せませんでしたけどね。
母を知る人は優しいお母さんという印象を持っていたかもしれません。
しかも若くて可愛いというのがトレードマークだったので…![]()
そんな母の習慣に合わせて生きてきた私でしたが、
中学生の時に適度な塩分のおいしさに目覚め、
塩分の概念が変わった出来事があったんです。
ある時女性の英語の先生の家に同級生と何人かで遊びに行く機会があり、
そこで先生の手料理をいただく機会に恵まれることになったのです。
季節は確か冬。クリスマス
に近かった時期だと記憶しています。
寒い時は特に適度な塩分を摂らないと人間は健康を維持できません。
まさに温かい料理がおいしく感じられる季節ですよね。
先生はユーミンの大ファンで、
CDを流しながら私たちに料理を振舞ってくれました。
「リフレインが叫んでる
」が流行っていた頃のことでした。
(この曲好き
)
出てきた料理は奇をてらったようなものではなく、
本当に家庭料理そのもの ![]()
シンプルに温かいご飯にいくつかのおかず、
そして味噌汁がついてきたんです。
習慣的に汁は残すものだと思い込んでいた味噌汁ですが、
先生の手作りの味噌汁をいただいた時のスープがあまりにも美味しくて、
一緒にいた同級生と同じように汁まで飲み干してしまいました![]()
だってあまりにも美味しかったんですよ![]()
出汁もきいていたんでしょう。
(それまで美味しい食事に縁がなかったということなのか…?)
先生の作る料理はどれもちょうどよい加減で温かくて
寒々とした心で毎日を過ごしていた私は、
心に一筋の光が差し込むような味に静かに感動していました。
あの日に味わった料理の美味しさを、きっと忘れることはないでしょう。
先生のこしらえる料理は、言うなれば料理上手なお母さんの味そのもの。
お惣菜コーナーに並んだ均一的な味ではなく、
心が籠っていて本当に素晴らしい味だったのです。
次回に続きます。