悲愴ソナタ | うつ病日記

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うつ病のプログラマがうつうつする

ここんとこ、ベートーヴェンの悲愴(ピアノソナタ第八番作品13)を聞きすぎています。録音30曲ほど手元にある。

一曲三楽章で、20分くらいです。


私の解釈では「悲愴したい」というベートーヴェンの思いですが(中学生かよ)、世間一般的には違うようで、「つらく悲しいこと」を曲にこめたとするのを多く見かけます。「人生」とかのでかい話にも無理やり結び付けたりもされています。いや、違うだろ。


第一楽章は、カッコいいのです。あまり悲愴感はないと思います。無理に色をつけるとクサさ絶好調になってしまうので、元から派手なんだから楽譜どおりにでも弾けばいいのです。古い感じもしますが、それは200年以上前の曲なんだからやむを得ない。


第二楽章は、うってかわってノンビリしてしまう(そうそう悲愴したい! といっても、飽きてしまうのでしょう)。うっかりすると寝てしまうので、緊張感は持続させることが大事です。難しい。


第三楽章は、劣化版の第一楽章のような感じでして、まあ、まとめとはそういうものなのかもしれません。第二楽章さえ失敗していなければ、後は雪崩込むだけです。


この曲は「悲愴」と標題が付いていなければ、誰も悲愴感をうたったものとは思いません。だから、ベートーヴェンも標題をつけたのでしょう。
「便秘」とかでもいいな。あいつは怒りまくることだろうが。


録音を残すような多くの演奏者の人々は、ドヤ顔で猛烈に高速に弾いてしまったりするので、あまり面白くありません(恐らくベートーヴェン自身が弾いても、そういう演奏になると思われる。なぜかと言えば、そういう奴だから)。


少しゆっくりめのほうがよい、あいつの指示がどうであれ。
それは私の好みでありますが、一般的じゃないからおかしいのでしょう。でも、好きだからいいのです。