前回投稿したのが昨年の12月で、それ以降全く投稿していなかった。
別に何かの節目というわけではないけれど、今日は久しぶりに投稿したいと思った。
今日は3月11日、東日本大震災から12年が経過している。
今の小学生は全く経験していない。
恐らく、戦後生まれと同じ位置付けなんだと思う。
ただ、直接的には影響を受けず、また物心もついてない年齢であれば、3.11に特別な感慨を覚えることもないだろう。
スポーツでは、ゆかりのある人たちが舞台に立つということがあったようだ。
地震当時のことを自分が話しても、東京に在住していた人間はあまり意味がないのかもしれない。
東京も大きな揺れに見舞われ、公共交通機関はほとんどストップしていたけれど、東北地方の方々の苦難から比べればとても恵まれた状況であった。
東京では、東日本大震災よりも、コロナによる苦難の方が記憶としては鮮明なのだろう。
マスクについては、休み明けの3月13日から自主判断となり、GW明けにはコロナ感染症が5類となることで、ほとんど規制は意味をなさなくなることなる。
すでに観光地では、それとは関係なく外国人観光客は殺到しているし、マスクをしない人も増えてきた。
東日本大震災も遠い過去のように思えてくるのだろう。
3.11の前日の3月10日は1945年に東京大空襲があった日で、東京ではセレモニーがあったようだ。
人の記憶というのは都合よく忘れるようにできているだろうか。
忘れないと前に進めないこともある。
でも、前に進むように見えていることも、実は先祖返りしているに過ぎなかったりする。
事勿れというスタンスは昨今では難しいと感じるが、やってる感はあったりする。
全てを記憶することはできない。
特にそこに体験が伴っていないと、なおさら忘れてしまう。
3.11の記憶がどこまで残っているのか。
大きな出来事が次々と起こる昨今においては、忘れてしまうことも多くなるのだろう。