2009年9月18日。
突然、自分の左脇がベスビオ火山の爆発したかのような感じがして明け方目覚める。
触ってみるとピンポン玉より少し小さい腫れが…
クリニックへ行くと、
「2か月後も腫れていたら、大学病院で検査しましょう」と言われる。
その後、長野の分杭峠に友人と行った。
長野の諏訪インターに入った辺りから空気の違いを感じる。
患部が少し小さくなっていた!
分杭峠の水を汲んで来て、患部に暫くつけていたら腫れがひいてしまった!
2010年1月、今度は左脇と左の喉が少し腫れて来た。
知り合いの話から興味を持ったホリスティック医療へ行く。
問診後、医師から「あなたは怒りの時間(3時過ぎだったと思う…)に来た。過去世の記憶に蓋をしている親不知を抜いてはいけないのに抜いて7年経ったから脇が腫れた」と言われる。
何が何だかわからないまま納得させられ、レメディが処方された。
3月になり、左の喉がひどく腫れて来て、またそちらに行った。
熱が出た時にために、何かの虫から出来たレメディーが処方された。
それから暫く経ち、入浴中に鼠蹊部に違和感を感じるも気にしないようにし、5月末から8日間八重山諸島一人旅をする。
沖縄に入って症状が顕著になり、滞在中に左の喉・頬がだんだん腫れて来、とても疲れて寝汗をかく毎日が続いた。
やっぱり変だなと思いつつ6月初めに帰宅し、止せばいいのにまたホリスティックのクリニックへ行く。
そこで初めて触診され![]()
、医師から「末期がんの人でも治った人がいますから」と告げられる![]()
同じ考えの先生がいると紹介状を貰い公立病院の耳鼻科へ行くことに。
そこでの検査は全て特急であった。
生検の為、そちらに約1か月入院。
そこで診断されたのが「悪性リンパ腫4期」
診断をととても冷静に受け止めた。
常駐の血液内科の先生がいない為、一日で自宅から通える専門医のいる病院を探す。
いくつかの候補の内、以前かかっていた病院で初診を受けるも、ベッドの空きがなく自宅で待つ。
待っている間はソファに横になって虫の息とはこのことか…。
数日で空きが出て入院する。
とても暑い夏だった。
一ヶ月程入院し、抗がん剤治療を受け、退院後は通院で受け、計8回の抗がん剤治療(一回の治療を二日に分けて行う)を受ける。
薬剤師の説明の通りに抗がん剤治療二回目で毛髪が抜け落ちる…
痛いことも熱で辛いことも耐えられるが、この毛髪が抜けることは本当に筆舌に尽くせないほどの辛さだった。女性にとって髪は命とは本当だ。
全て受け入れ諦めたら楽になり、入院生活も自宅療養も楽しく過ごすことが出来た。
何より韓流ビギナーの私がスカパーを入れて、韓流三昧の日々となった!
自宅療養中は医師に内緒で鍼灸をしたり、十字式に車で通ったり、冬虫夏草を飲んだりしていた。
いろいろな物が少しずつ効いて今年3年目を迎える。
その頃読んだ本に、4期の5年生存率が40%と出ていた。
今は「生かして頂いた」ことに感謝する毎日です。