細川竜太郎(旧くろかん)のブログ

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行った史跡や読んだ小説をご紹介


去年の年末に福岡に帰省して、大晦日に父と車で熊本県菊池市まで行きました。

福岡から高速使って2時間かからないくらいです。


続日本100名城の鞠智城に行きました。古代663年、白村江の戦いに敗れた大和朝廷は太宰府を守る水城、大野城の後方支援基地として鞠智城を築きました。2004年に国史跡に指定されました。






八角形鼓楼(ころう)

鞠智城のシンボル。古代山城では他に見つかっていない八角形の建物。


米倉

校倉作りの食糧倉庫


兵舎

防人たちが共同で暮らす建物


温故創生之碑

鞠智城跡のモニュメント


鞠智城全体図


鞠智城を守る防人のころう君

ころう君の本物に今回は残念ながら会えませんでしたが、Xに写真をあげたら、ころう君直々にコメントをいただきました。


車を少し走らせて菊池神社を訪れました。北方謙三氏の「武王の門」を読んで、ここにはずっと来たいと思っていました。

今は菊池神社がある隈府城跡に、室町時代(南朝の)後醍醐天皇の皇子である懐良(かねなが)親王が北朝に対抗するため畿内から派遣され西征府を置きました。そのため懐良親王は西征将軍宮とも呼ばれます。



菊池武光は懐良親王を旗頭に南朝軍として少弐氏、一色氏、今川氏ら北朝軍(室町幕府軍)と戦いました。


菊池神社


初詣に訪れる人を迎える準備に忙しそうでした。


菊池神社の正門


菊池公園


南朝の忠臣、菊池武光像はめちゃくちゃ大きかったです。東京の皇居前の楠木正成像より大きかった。立派な馬に乗ってました。今年は午年ですね。年男なので自分に期待したいと思います。



雲上宮(くものへぐう)御朱印

菊池神社の北の丘に、懐良親王と良成(りょうせい)親王の居城があったと伝えられています。両親王をお祀りするため昭和45年にたてられました。


菊池神社御朱印

菊池氏15代武光は、南北朝時代に南朝方として室町幕府と戦い、一時は九州を平定するなど活躍しました。


菊池神社近くの中原松月堂さんでお土産に菊池武光とくまモンの和菓子を購入しました。美味しかったです。



元旦にめちゃめちゃ地元のお城に行ってきました。

知る人ぞ知るお城で、福岡県那珂川市にある岩門城(いわとじょう)といいます。ここは、藤原純友の乱の時期に鎮圧のため京から派遣された大蔵氏が築き、原田(大蔵)種直の時、平氏のバックアップもあり大いに栄えました。

その後、元寇(文永の役、弘安の役)で活躍した司令官である少弐(武藤)景資の居城となりました。が、その元軍撃退の恩賞を巡ったことが発端となった霜月騒動(安達泰盛と平頼綱の争い)の煽りを受け、兄である少弐経資と鎌倉幕府軍に攻められ落城し、景資は命を落としました。




それほど大規模な城ではないですが、古い城にしてはよく分かる遺構が残っていました。


少弐景資は現在読んでる「アンゴルモア元寇合戦記」という漫画に登場するので興味を持ちました。


少弐景資像 最近作られたようですね。黒いものは何かと思い近づいたらどうも弓と思われます。


土橋






三の曲輪




二の曲輪 木の根が岩をまたいでいます。岩の方が先にあったことが分かります。


堀切 主郭と二の曲輪の間が掘ってあることがよく分かります。




主郭


主郭から見える那珂川市の街並み


城の麓の少弐景資公の墓


麓の裂田神社にある原田種直公像


わが地元の歴史なのに全くノーマークだったことが恥ずかしいです。かといって、僕の地元の友達もほとんど知らないでしょうけどね。この機会に知れて良かったです。

那珂川市教育委員会や道の駅で御城印や武将印作ってくれないかなー


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