令和8年3月12日前から気になっていた、黒田家家臣、後藤又兵衛基次の菩提寺である多聞寺を訪れました。兵庫県加西市にあります。車で京都から中国自動車道を通って1時間半くらいかかりました。このあたり以前住んでいたところで、15年ぶりくらいに訪れました。
後藤又兵衛といえば、黒田官兵衛の播磨時代からの家臣で「槍の又兵衛」と言われるほどの猛者でした。官兵衛や長政(官兵衛の嫡男)が戦った豊前平定戦や朝鮮出兵に従軍しており、多くの武功を挙げたといわれ「黒田二十四騎」「大坂五人衆」の一人に数えられた。(一時仙石権兵衛に預けられた期間もあった)
慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの時、東軍に味方した黒田長政とともに又兵衛は大いに活躍し、長政は徳川家康から筑前50万石を与えられました。
この時、又兵衛は細川家豊前領との国境の益富城(大隈城)16000石の所領を黒田長政から与えられました。しかし、慶長11年(1606)長政とは折り合いが悪く、ついには出奔してしまいました。
この頃、旧主豊臣秀吉の遺児秀頼は母淀殿と大坂城にこもり、徳川家康に包囲され風前の灯火でした。慶長19年(1614)又兵衛は大坂城に入城し、秀頼のために戦うことを決意します。そして、慶長20年(1615)道明寺畷にて伊達政宗家臣片倉重長相手に奮戦しますが、ついには討ち死にしました。
元和2年(1616)又兵衛の三男佐太郎は父を不憫に思い、故郷の播磨に菩提寺を建てました。それがここ多聞寺です。位牌が安置されています。
表門
表門
入り口
手水
鐘
本堂
つくばい
われただたるをしると読むようです。
これは、釈迦が説いた、「知足のものは、貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し」という知足の心を図案化した仏教の真髄ということです。
お庭
今回はお寺の方不在で中には入れませんでしたが、墨絵師御歌頭さんの書いた大きな又兵衛の屏風絵や又兵衛の鎧や槍を再現したものが展示されているようです。
大河ドラマ「真田丸」で後藤又兵衛を演じた哀川翔さんもご来寺されたようです。
またここには珍しい背中に十字架を背負った地蔵がありました。黒田官兵衛がキリシタンであったことから又兵衛もキリシタンであったのかもしれません。佐太郎は多聞寺を作った時、父が信仰していたキリシタン地蔵をせめてもの供養のため地中に葬って弔ったのではないかと伝えられています。
大坂の陣ポスター
今風な又兵衛さん
御朱印
本堂で購入させていただきました。
御朱印 墨絵師御歌頭さんが書いた又兵衛かっこいいです。
又兵衛のクリアファイル
加西市の造り酒屋「富久錦」さんの日本酒後藤又兵衛
後藤又兵衛の書は多聞寺の金岡住職が書いたものです。加西産キヌヒカリで作られたお酒です。多聞寺近くのコタニ酒店で購入しました。
3作目の本です。良かったらご覧下さい。















