「あのとき信じなければ」小林麻央さんも後悔 がんを見落とす医者

体験者たちが語る無念の実例

 

「検査はしなくてもいいですか?」と問うと、「大丈夫です」と答える医師。しかし、がんは確実に患者の体を蝕んでいた――。そんな、悔やんでも悔やみきれない「がんの見落とし」を、経験者たちが振り返る。

「心配いらないですよ」

乳がんで亡くなった小林麻央さんは、生前、ブログにこんな言葉を残している。

〈私も後悔していること、あります(中略)あのとき、/もうひとつ病院に行けばよかった/あのとき、/信じなければよかった〉('16年9月4日付)

その言葉からは、病院や治療の選び方についての後悔が滲む。とりわけ彼女は、がん告知までの医師、病院の選択を深く悔いていた。なぜなら、その過程で医師が、がんを見落とした可能性があるからだ。

小林麻央Photo by GettyImages

麻央さんが初めてがんを意識したのは、'14年2月。夫の市川海老蔵と人間ドックを受け、医師にこう告げられた。

「左乳房に腫瘤があります。これはしっかり検査して診てもらったほうがいいので、なるべく早く病院へ行ってください」

麻央さんが「がんの可能性もあるということですか」と尋ねると、

「五分五分です」

この段階で、がんのリスクはハッキリと麻央さんに提示されていた。

しかしその直後、麻央さんは都内の虎の門病院で、マンモグラフィ検査などを受け、がんを疑う状況ではないと告げられる。

麻央さんは重ねて、細胞を直接採取して調べる「生検」の必要はないかと確認したが、

医師は、「必要ないでしょう。心配いらないですよ。半年後くらいに、念のためまた診てみましょう」と答えた。

麻央さんはホッと息をついた。

ところが検査から8ヵ月経った同年10月、麻央さんは左乳房にパチンコ玉のようなしこりに気づき、不安を胸に、再診を受ける。しこりについて虎の門病院の医師に報告し、触診を受けた。

だがこの段階でも医師は、「大丈夫だと思います」と判断していたという。

しかし、エコー検査をすると医師の表情が曇る。腋にもしこりがあると分かり、ようやく生検を受けることになった。そして、検査から約10日後の10月21日、がんが告知された――。

 

「麻央さんの担当医は、かなり迂闊だったと思います」と指摘するのは、乳がんを専門とし、数千の手術を行ってきたベテラン医師である。

「検査の段階でつまずいていた可能性が高い。当初、担当医はマンモグラフィを使ったようですが、授乳中はマンモグラフィが映りづらい。様々な可能性を考えて、生検も行うべきだったと思います。

もちろん乳がんは診断が難しいですが、麻央さんの例に限らず、医師が独りよがりに診断を下してしまい、『これで診察は終わり』と打ち切ってしまうケースは見受けられます。大抵は経験が浅かったり、過去の失敗の反省がない医師ですね」

 
 

あの医者じゃなかったら

がんは、数ヵ月発見の時期が遅れただけで患者の運命が大きく左右される病気だ。だからこそ患者は、医師はがんを真剣に見つけてくれるだろう、見逃すことなどないだろうと信じてしまう。

しかし、そうした患者の不安をよそに、流れ作業のように診察を行って検査結果を見落としてしまう医師や、十分な検査さえしない医師もいる。

関西に暮らす30代の女性も、乳がんを見落とされた患者のひとりだ。女性が述懐する。

「妊娠していた数年前の春、右乳房にしこりができ、病院に行ったのですが、先生からは『乳腺炎か乳がんかわからない。とりあえず大丈夫でしょう』と家に帰されました。

6月、母乳に血が混じるようになり、再び同じ先生に相談しましたが、やはり『様子を見ましょう』と言われた。

その後も大丈夫と言われ続けたのですが、さすがに心配になって、紹介状を書いてもらった。

紹介先の病院で検査をしたところ、がんだと告知された。『人生は終わりだ』と告げられたようなショックでした。

その後、右乳房の全摘出手術を行い、現在はホルモン療法で経過を観察しています。最初の医師が別の人だったらという後悔はぬぐえません」

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かつてWBAミドル級王者だった元プロボクサーの竹原慎二さんもまた、医師の言うことを素直に受け止めたがゆえに、膀胱がんを進行させてしまった。竹原さんが語る。

「'13年1月、頻尿がひどいので、知り合いのA先生の検査を受けました。当初は膀胱炎と診断され、抗生物質をもらいましたが、改善しない。再び診察を受けたけれど、『チャンピオンはお酒を飲むからだよ』と薬を渡されるだけでした」

ところが、およそ1年後の同年の大晦日、異変が起きる。便器を真っ赤に染める血尿が出たのだ。

竹原さんはA医師に総合病院の泌尿器科医・B医師を紹介してもらい、'14年1月6日、血液検査、尿細胞診などを受けた。

 

見落としが4割も

しかし、その結果はいくら待っても告げられない。1ヵ月ほど経った同年2月2日、再び大量の血尿が出たため、竹原さんはB医師に再診を頼んだ。翌日、診察室を訪れると、がんであることを告げられた。

「B医師は、1ヵ月前の検査結果を眺めながら『よく調べたら、がんの数値が出ていた』と言ったんです。

当時は何も考えられませんでしたが、いま考えると、ふざけるなと思います。結果は、少なくとも1月の中旬には出ていたのに、B医師はそれに目を通していなかったんです。

その病院では、毎日大量の患者を診るから、いちいち結果を確認していなかったのだと思う。僕が痛みを我慢していたり、血尿が出ていなかったら、がんの発見はもっと遅れていたはずです。それを考えるとおそろしい」

検査手術を受けた竹原さんは、B医師に膀胱の全摘出を勧められる。竹原さんがA医師に、全摘出になったらどうなるのか、と問うと、彼は謝ることもなく、「チャンピオンは十分遊んだから(性的不能になっても)大丈夫だよ」とズレた返答をしただけだった。

「振り返っても、あまりの無責任さに腸が煮えくり返ります。そもそも彼がろくな診察をしなかったからこうなったのです。その後、セカンドオピニオンを受けに北関東の病院に行き、『もっと早く検査をしていたら全摘出の必要はなかった』と言われて、落ち込みました」

最終的に竹原さんは、東大病院にかかり、膀胱の全摘出手術を行って無事成功。その後、再発もしていない。しかし、たくさんの後悔がある。

「A先生が1年間くらい放置していた時に、もっと自分で調べて病院を変えていればよかった、と強く思います。周囲からは、明らかにおかしいと言われていたのですが。

がんの経験を通してわかりましたが、人間は追い込まれた時、『大丈夫』と言われると、その可能性を信じてしまいます。医師には最悪のケースを想定してほしい」

 

こうして、がんが見落とされるのは、決して「運が悪かった」からではない。青森県が10の町村でのがん検診について行った調査が象徴的だ。

検診で「異常なし」とされたのに、その後1年以内にがんと診断された人を「見落としの可能性がある」としたところ、見落としの可能性のある患者は、約4割に上ったという。見落としは、決して特殊な事態ではない。

たとえば肺がんについても、専門外の医師が診察する場合もあり、見落としリスクが高い。

「肺がんは、肺の上部、鎖骨の間、心臓の裏などにできると見つけにくい。しかし、こうした場所にできた場合でも、専門の医師であれば、過去のレントゲン画像といまの画像をコンピューターで見比べ、発見することができます。

しかし、市町村で行っているがん検診では、コンピューターがなく、呼吸器内科の専門家もいないことが多い。『検診を受けているから大丈夫』と思っていても、肺がんを見落とされている可能性はあります」(神奈川の呼吸器内科医師)

レントゲン検査そのものの効果に疑問を付す声もある。医療ジャーナリストの田辺功氏が言う。

「もともと結核を見つけるために使われていたレントゲン検査は、結核患者が減った際、放射線技師の雇用を守るために肺がん検査に転用されたもの。そもそも肺がんの発見には、使いづらい」

見落としで訴訟に発展したケースもある。医療過誤訴訟に詳しい谷直樹法律事務所の谷直樹弁護士が振り返る。

「高齢の女性が公立総合病院で有料健康診断を受け、肺に直径約1㎝の大きな異常陰影が出ていましたが、これを医師が見落としていた。翌年、女性が市の無料健康診断をほかの病院で受診したところ、肺がんが指摘され、右肺下葉を切除したのです。

進行分類は5年生存率が6割程度のステージ2B。その後、彼女は回復したものの、訴訟を起こした。がんのステージが進行し、生存率が下がったという判決で慰謝料を勝ち取りました」

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バリウム検査は危ない

谷弁護士が担当した中には、数年にわたって胃の異常を訴えたが、検査すらされず、結局別の病院で胃がんと判明し、訴訟に至ったケースもある。

胃がんはなかなか検査をしてもらえないし、かりに検査を受けたとしても見落とされることがある。胃がん検診では、バリウム検査が行われることがあるが、ここにも見落としのリスクがある。

「バリウムを使った『二重造影法』は、検査そのものが患者さんに負担をかけるうえ、X線は臓器を透過するだけですから、がんを発見しづらい。内視鏡検査のほうが効果的です。

しかし、内視鏡は技術を持った医師が必要でコストがかかるから、いまだに二重造影法が使われています。これも見落としにつながりうる」(前出・田辺氏)

 

かりにこうした検診で胃の異常が判明した後も、必ず胃がんが指摘されるとは限らない。胃カメラでの検査の際に、粘膜の表面にできた潰瘍だけを調べて安心し、粘膜の下に広がるがんを見落とすことがあるという。

だからこそ、ひとりの医師を信用しすぎず、セカンドオピニオン、サードオピニオンを検討すべきだ。神戸海星病院理事長の河野範男氏が言う。

「患者さんが不安なら、納得するまで、別の医師にかかったほうがいい。『紹介状を書いてほしい』と言いにくい場合は、紹介状なしに別の病院に行って、いちから検査を受けたって問題ないんです。セカンドオピニオンでがんと診断される例も少なくありませんから」

医師はがんを見落とすものだ――そう想定し、自衛したほうがいい。

「週刊現代」2017年7月15日号より