焼け落ちた築地場外市場火災 「中華そば」立ち食い老舗の「伝導過熱」は刑事責任問えるか

 

 東京・築地の築地場外市場商店街で8月3日に発生し、約15時間燃え続けた火災。連日観光客らでにぎわっていた東京を代表する人気の商店街は瞬く間に真っ黒な煙に包まれ、7棟計935平方メートルが焼失した。「火事には一番気をつけていたのに…」。火災への警戒を強めていた商店街で、盲点となっていたのは長年の営業で蓄積した“火だね”だった。(社会部 上田直輝)

【衝撃事件の核心】焼け落ちた築地場外市場火災 「中華そば」立ち食い老舗の「伝導過熱」は刑事責任問えるか

建物から出火し、炎と煙が上がる築地場外市場の火災現場=8月3日午後5時20分、東京都中央区火災発生から一夜明け、現場の築地場外市場では消防や警察が現場検証を実施した=8月4日、東京都中央区(上田直輝撮影)火災が鎮火した築地場外市場=8月4日午前9時41分、東京都中央区(共同通信社ヘリから)建物から出火し、炎と煙が上がる築地場外市場の火災現場=8月3日午後5時20分、東京都中央区炎が上がる築地場外市場の火災現場=8月3日午後5時ごろ、東京都中央区(提供写真)煙が上がる築地場外市場の火災現場=8月3日午後6時54分、東京都中央区懸命に消火活動する東京消防庁の消防士ら=8月3日午後、東京都中央区築地(宮川浩和撮影)築地場外市場での火災=8月3日午後、東京・築地(桐山弘太撮影)

 

(※8月12日にアップした記事を再掲載しています)

悲鳴と落胆

 「あーっ…」

 大きな悲鳴とともに、黒く変色した老舗道具店の看板が崩れ落ち、焦げ臭い煙が勢いよく上がる。辺りは真っ白になり、スマートフォンのカメラを構えていた通行人も思わず口を押さえた。

 「建物から火が出ている」。通行人の最初の通報から約1時間。記者が現場に駆けつけると、消防が必死の放水を続けているにもかかわらず、建物内ではなお炎が激しく燃え上がっていた。周辺には、心配そうに見守る市場関係者や住民で人だかりができていた。

 消火活動は翌朝まで続き、約15時間後に鎮火。幸いけが人はなかったものの計7棟が全焼し、無残に崩れ落ちた屋根や黒こげの柱が痛ましい姿をさらしていた。現場近くの商店の男性(68)は「これからのことを想像するとつらい」。そうつぶやき、肩を落とした。

 

出火元は人気店

 現場となった築地場外市場は、大正時代からの歴史を持つ卸売りを中心とした商店街。すし店や食料品店など計約400店舗が軒を連ね、外国人観光客にも人気のエリアとして知られる。

 築40年以上の木造の建物が密集していることから、商店街では普段から火災に警戒し、自主的な防火訓練を続けていたという。だが、その成果は生かされなかった。商店街は市場に合わせて早朝から営業しているため、火災が発生した午後4時50分ごろには、大半の店舗が営業時間外。火災の覚知が遅れた上、閉店後でシャッターが閉じられていたことも、消火活動を遅らせる一因となった。

 警視庁築地署による実況見分の結果、出火元は老舗ラーメン店「井上」の厨房(ちゅうぼう)付近と判明した。こんろ付近の壁の内部が激しく燃えており、調理中の熱が壁に伝わって発火する「伝導過熱」が原因とみられることが分かった。

 伝導過熱とは、調理中の熱がステンレスなどの不燃材を熱し、その熱が隣接する木製の壁の内部に蓄積して突然発火する現象。井上では火災のあった3日午後、翌日のスープの仕込みのためにこんろを使用。従業員がこんろの火を消して同4時ごろに退出した際には異常はなく、壁の内部から発火したとみられている。

 同店は昔ながらの中華そばのみで人気を集めた。朝5時から行列ができる立ち食いラーメン店として有名で、グルメサイトでは高い評価を受けていた。創業は昭和41年という。その一方で、年月をかけて劣化した壁の内部が、炭のように燃えやすい状態になっていた可能性がある。

 老舗が守り続けてきた調理の火が、火災に繋がったのだとすればやるせない。

 

予見できたか

 飲食店が火元の火災では、昨年末、新潟県糸魚川市で140棟以上が焼けた大規模火災が記憶に新しい。この火災では、鍋の空だきをして出火し、周辺に延焼させたとして、火元の飲食店の店主が業務上失火容疑で書類送検された。

 ただ、ある捜査関係者は糸魚川のケースと今回の築地の火災を比較して、「過失の度合いが違う。今回は火の始末も行っており、(過失罪の認定に必要な)予見可能性があったのかというと難しい部分がある」と説明する。

 実は、同様の火災は、都内だけで毎年10~20件程度発生しているのだという。東京消防庁によると、伝導過熱が原因の火災は平成19~28年の10年間で212件発生。そのうち、半数近くの97件が日常的に長時間の調理を行う飲食店での発生だったが、一般家庭でも一定程度の発生があり、注意が必要という。同庁は「壁と火元の距離を適切に保つことや、日常的な清掃、点検を行うことが重要」と呼びかけている。

 危険は“日常”にこそ潜んでいる-。東京・築地を支える商店街の火災は、あらためてそんな事実を想起させる。