時代は明治。文明開化が始まってから二十三年。
江戸の昔は遠き夢となり、かつての八百八町の面影もなく。歌舞伎は伊藤博文の肝いりで西欧列強の目にも耐えうる高路な芸に改造せんと企図する演劇改良会なる組織に取り込まれようとしていた頃。
そんな中、狂言作者の河竹黙阿弥のために台本のネタを探す編集者の幾次郎。かつて彼は落合芳幾の画号で浮世絵を描いていたのだが……。
ネタ元を探すために、彼が訪れたのは書物問屋を営んでいた清兵衛の元。
そこで彼が渡されたのは五つの戯作。
その物語を幾次郎に渡された本当の意味は。
奇説無惨絵条々 谷津矢車著
『だんだらまつりの頃に』
父親に遊郭へ売る飛ばされたおふさは店に火をかけて、逃げ出し、年若いという理由で八丈島へ島流しにあった。だが、そこから逃げ出して、父親の元へ舞い戻る。
花鳥という名前となった彼女は自分を売り飛ばした父親への復讐を始めるのだが。
『雲州下屋敷の幽霊』
雲州松平家前当主・宗衍の侍女となったお幸はどんな仕打ちを受けても彼を恨むそぶりを見せない。そんな彼女の背中へ女の幽霊の刺青を入れさせるのだが。
『女の顔』
南町奉行所の将衛門は、木材問屋の娘・お熊が夫へ毒を持った事件で下女のお菊を取り調べることになる。彼女をひたすらに口を閉ざし続けるが、そのわけは。
そして、将衛門が知らない内儀のお絹の顔とは。
『落合宿の敵討』
尾張の領内で民、しかも幼子をいきなりなます切りした播州明石松平家の当主。他家、しかも御三家の領民を許可もなく切り捨てたことに怒りを買った明石家の行列は尾張領内を通ることまかりならんという通告を受けてしまう。
町人に身をやつせば、領内を通ることができるのだが、明石家のものはあまりに恨みを買い過ぎていて。
そうして人々を切り捨てる役目を負った又兵衛は、幼子を殺された父親の復讐を止めることはできるのか。
『夢の浮橋』
見世物小屋一座の智は若い男に頼まれて、身の上話を始める。貧乏漁師の家から吉原へ売り飛ばされた彼女は花魁の八橋姐さんに可愛がられて、いたのだが。
どの話も面白かったです
特に「女の顔」と「夢の浮橋」が私のお気に入り
江戸末期から明治へかけての、一種の文化破壊に近い様々な改革が私は苦手なので(廃仏棄却とか、狩野派ばかりが優遇された美術保護とか)、こうした戯作が描かれるのはうれしい
時代の狭間に存在しなくてはならなかった文化人の苦悩と、それを軽々と飛び越えていく戯作の数々。
楽しい時間を過ごさせていただきました