お弁当
幼稚園に入って、誰もが楽しみだったお弁当(*^o^*)
私は、決して楽しみな事じゃなかった(ノ_-。)
周りの子達は、キャラクター付きの可愛いお弁当箱
私のお弁当箱はアルミの弁当箱にバラの花が一個隅っこに
あるだけで可愛い代物ではなかった。
中身も皆と差がある。おにぎりに、たこさんウィンナー
カラフルで美味しそうなお弁当だった。
私は、父と兄のお弁当と一緒
おにぎりなんて滅多に無く、白ご飯に梅干
シャケに普通の玉子焼きに切れ目が入っているウィンナー
本当に父と兄と同じおかずが入っていた。
まぁ・・・お弁当があるだけで良かったが
年中の時だけが毎日お弁当が有り
年長の時は悲惨だった。
その後、父が夜勤の仕事になり
兄が高校を卒業し神奈川県に就職してから
私のお弁当が無い日も多かった。
お弁当が無い日は、お弁当の時間に家に帰って
お昼を食べて幼稚園に行く。
家と幼稚園が近いのも良し悪しだなぁ~と
子供心でも分かった。
朝から忙しかった母を責める気は無いが
幼稚園児の私にもう少し気を使っても良かったと思う。
床屋の為、お客さんが会社に行く前に散髪して行く
というのが多かった。前日夜に「朝6時にお願い出来る?」
って言って来るお客さん。母が歳で仕事辞めるまで続いていた。
嫌な顔をせず、笑顔で「良いですよ~待ってますよ~」と母。
その時、姉も居たから私のお弁当作らせれば良かったのに!!
と思う自分が居たが、今思えば料理下手な姉に
作って貰わなくて良かったと思う(-。-;)
そう言えば、兄の高校の時も(家から5分もかからない進学校)
私が幼稚園入る前に何度か一人で届けに言った事を覚えている。
その当時は時代が良かったのか悪さする人なんか居なかった。
「また兄ちゃんの弁当持って行っているのかぁ~」って
声を掛けてくれる近所の人たち、先生、クラスのお兄さんお姉さん
良い時代だったなぁ・・・今じゃ道を尋ねただけでも不審者が出たと言われる。
入園してから
同じ年頃の友達が出来て毎日が楽しかった。
数時間でも家に居ないでいる事が楽しかった。
幼稚園が終わって家に帰り着替えて、また幼稚園に遊びに行った。
居残り組の子達が居るから一人ではなかった。
夕飯時に帰る生活になっていた。
キリスト系の幼稚園だった為
日曜日にミサがあり、あの時は強制的な参加だった。
私服で手提げ袋を提げて行ってお祈りをする。
ただそれだけ。
ある時、私だけ手提げ袋が違う事に気がついた
みんなは、その時流行っていたキャラクターが付いて
可愛い手提げ袋だった。
私の手提げ袋は、母の趣味だった洋服作りの残り生地で作った
茶色の手提げ袋だった。
私もみんなと一緒の手提げ袋が欲しいと言った。
買って欲しいと・・・
日曜になる度に言っても買ってもらえず
とうとうある時、泣きながらミサには行かないと言った。
行かないと言えば買ってもらえると思った。
が、違った。泣き喚いている私を引きずって
礼拝堂に無理やりに連れて行かれた。
泣き騒いで入っていたので注目の的。
無理やり連れて行ったのはやはり姉!!
そして私を座らせて何もなかったように帰って行った。
ミサが終わるまでヒックヒックと泣いて止まらなかった。
終わる時間の前にまた姉が来た。
姉の手には紙袋。
ヤッター(‐^▽^‐)
紙袋を手渡されて中を見たら手提げバックが入っていた。
手提げ袋じゃなくバック・・・思いっきりの派手派手の
大柄の花柄のオレンジ色のバック(>_<)
幼稚園児が持つような代物じゃない
思いっきり姉の趣味で買ってきた。
しかも大きい。引きずると姉が怒る。
要らない欲しくないバック。
使わないと怒られた。
せっかく買ってやったのに~~と。
私の欲しいキャラクター手提げ袋は
その後買ってもらえる事は無かった。
幼稚園入園式
待ちに待った私の幼稚園の入園式
幼稚園といっても家から6件先
裏道からだと2件先
子どもの足で2,3分の距離
でも嬉しくてしょうがなかった。
母と一緒に行くんだぁ~って。
仕事が忙しく一緒に出かける事が無かった
私は嬉しくて嬉しくて、はしゃいでいた
早く早くとウキウキし母に纏わりついて
離れなかった。が、母が用意する気配が無い
髪をセットし黒留袖に絵羽織を着ている様子が無い。
着物を着て真新しい幼稚園の制服を着た私と同じ新入園児たちが
お母さんに手に引かれて家の前を通り過ぎる。
家の前で待っていた私の前に現れたのは・・・
母の着物姿じゃなく、姉のスーツ姿だった。
一瞬ガーン!!奈落の底に落ちた。
そうです。姉が保護者として私の入園式に参列したんです。
泣いてお母さんがいいと訴えてもダメでした。
入園集合写真にはニコニコした姉と泣きそうな私の顔が写っています。
楽しみにしていた幼稚園。最初から嫌な事での始まりでした。