癌さんありがとう。きょうこの「いただきます」ブログ

富士山の麓で暮らす血縁を超えた大家族、木の花ファミリー。互いに助け合い、生かしあう、愛がいっぱいのコミュニティ。
そんな中で、癌をいただきながら、日々の想いを発信していきます。


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さて、いよいよ「いただきます物語」第1章。

前回のブログより、木の花劇団の劇「いただきます物語」のシナリオを紹介させてもらています。劇団については「劇を終えて」をお読みください。)

この章では、死ぬとはどういうことか、ということがテーマです。

いつ死んでもおかしくない状況の中で、いさどんが死について宇宙視点から語ります。

 

注目して欲しいのは、いつも病室に「笑い」が絶えないというところです。

私自身は、最初は本当にとてもしんどいのです。セリフにもあるように、もう今度こそダメだろうと覚悟している状態なのですから。

けれど、みんながやってくると、病室の空気がガラッと変わって、笑いが絶えないのです。

そして、私もなぜか元気になって、一緒に笑っているのです。

そんなことが何度あったことか。

 

その笑いは、ただ面白い番組を見て笑うというのとは質が違っていて、この世界の真理を語っていく中で湧いてくるものなのです。

この劇から、その何とも言い難い、楽しく充実した空気を感じてもらえたら幸いです。

 

そして、「死」という人間だけでなく生きているもの全てにとって、本能的に恐れるものさえも、宇宙法則から観てみると、何も恐れることはない、ということが観えてくるのです。

それと同時に、この世界に生まれてきた意味も明解になるのです。

 

いさどんのセリフで「この世界の仕組みを分かってしまうと、恐れることなんて何もないことがわかるだろう。」というのがありますが、本当にそうなのです!

 

「死生観」というように「死」が先にあって、次に「生」が来る。死ぬことの意味が分かると、自ずと生きていることの意味も分かるという仕組みになっているのですね。

 

そんな病室での話を聞いて、だんだんと心が変化していく疫病神にもご注目。

 

さて、前置きはこれくらいにしますね。

第1章はとても長いので今回は前編、次回は後編とします。

それでもちょっと長いのですが、お付き合いください。

 

***********

スクリーン <第1章>死ぬってどういうこと? 

 

(明転)

病院のベッドに横たわるきょうこ(眠っている)と、そこに付き添うこうちゃん。

疫病神と死神が入ってくる。

 

疫病神:この部屋じゃ。

 

死神:(きょうこの顔をのぞき込んで)ふ~む、なるほど。(鎌を振り下ろすふりをする)

 

(そこへ医師が入ってくる。疫病神と死神は、端の方へ寄って様子を伺う。)

 

こういち:・・・もう、輸血は出来ないのですか?

 

医師:そうですね・・・きょうこさんのようにいつまた出血するかも分からない人に、貴重な血液を輸血することは出来ないのですよ。

 

こういち:やっぱり・・・そうか・・・。

 

医師:つまり、今のきょうこさんに私たちが出来ることはないということです。次に大量出血したら命が危ない。すぐにご家族の方を呼んでください。

 

こういち:・・・分かりました。

 

死神:どうやら、わしの出番が来たようだな!

 

疫病神:お手並み拝見、とさせてもらおうかのう。

 

きょうこ:(目覚めて、周りを見回す)ああ・・・こうちゃん。

(こういちの手を握りながら)こんな心の出来の悪いままで、あちらの世界にいけない。

やり切っていないことも、まだまだたくさんあるし・・・。

 

こういち:そうだろう?・・・まだ死んじゃだめだ!

 

きょうこ:・・・こんなところまで、来ちゃったね・・・。(また眠る)

 

死神:そろそろだな・・・。(と言って歩み寄る。今にも鎌を振り下ろさんとばかりに)

 

そこへ、いさどんとようこがやって来る。

 

死神:な・・・なんだ、こいつら?(と部屋の端へ戻る)

 

きょうこ:・・・(目覚める)・・・ああ、いさどん・・・。

 

いさどん:おお、来たぞ。(顔をのぞき込んで)生きとるじゃないか。

 

きょうこ:うん・・・生きてるね。いつも眠りから覚めるたびに「あぁ、生きているな」と思うの。生きているという事は、いつも死と隣り合わせなんだね。

 

いさどん:そうだ。それを「必死」というんだよ。

 

こういち:「必死」か・・・。

 

いさどん:そう、必死とは「必ず死ぬ」と書くだろう。

 

きょうこ:必ず死ぬ・・・。そう!そうなのよね。(気付き)

私・・・こんな状況をもらって、やっと実感できた。

 

死神:そういうことだ。全てのものは、必ず死ぬのだ。いつでも、死ぬ可能性が、すぐそこにあるのさ。

 

きょうこ:まだ元気があるときは、いつかは死ぬかも知れないけれど、また明日があるさ・・・

くらいに思っていた。・・・でも、本当に人は死ぬ。

 

こういち:1時間後に交通事故に遭うかも知れないしね。

 

死神:1秒後かも知れないぜ。(鎌を振り上げる)

 

ようこ: いつでも、誰でもが、死と隣り合わせなんだね。

 

いさどん:だから、一瞬一瞬を真剣に生きるってことさ。

 

きょうこ:そうだね。一瞬一瞬の積み重ねが、時を作っている。

 

こういち:いつ死んでもいい、そんな生き方をしていくってことだね。

 

(大事なところなので、ここで少し余韻をもたせる)

 

きょうこ:ところで、私、夢を見たの。体が軽くなって、ふわっと上にどんどん昇っていくの。

あぁ、気持ちがいいなあ、このまま上の世界に行っちゃうのかな・・・と思ったら・・・。

 

(死神、鎌を振り上げたまま、振り下ろすタイミングを狙っている様子)

 

きょうこ:突然いさどんが現れて「いさどん・・・」って私が呼びかけたら、ピカッと太陽の様なすごく眩しい光になって、あんまり眩しいから、目が覚めた。

 

いさどん:(帽子をとり、頭をなでながら)今だって眩しいだろう?(チ~ン)

 

みんな:(笑う)

 

死神:なんだか、調子が狂うな・・・。(振り上げていた鎌を下ろす)

 

きょうこ:この間みんなが来てくれた時、みんなのエネルギーで呼び戻してもらったなと思ったけれど、いさどんにもこうしてこの世界に引き戻してもらったね。

 

いさどん:この世界は愛が大事で、愛情は毒になる。なぜなら、愛情は執着を生むからね。でもな、旅立つ人を引き戻すのは愛情なんだよ。

 

ようこ:いさどんは情が深いからね。

 

こういち:すごいね。愛と愛情を使い分けるんだね。(笑)

 

 

死神:おい、疫病神、なんだか話が違ってきたじゃないか。

 

疫病神:い、いや・・・こんなはずじゃ、なかったのにのう・・・。

 

 

(暗転)

ナレーション:そしてその4日後、また大量出血がありました。

(明転)

 

死神と疫病神、部屋をわがもの顔で歩き回る。

 

死神:・・・今度こそ、わしの出番だな。

 

きょうこ:あぁ~、あぁ~・・・・。(呻いている)

 

 

死神:おっと、また来やがった。な、なんだ、この集団は?

 

疫病神:今日はまた、一段とたくさん来よったなあ・・・。

 

(死神と疫病神 部屋の隅の方へ寄る)

(←ここでドヤドヤの効果音 いさどん、ようこ入る)

 

きょうこ:(周りを見回して)ああ、みんな来てくれたのね。

 

こういち:もう3回目だよ。

 

きょうこ:その度に、もうダメかなって思うんだよ・・・。(弱々しく)

 

いさどん:ちょっと提案があるんだけどな・・・この際だから、何回行けるか挑戦してみるか!

 

きょうこ:・・・それは・・・面白いね!(笑う)

 

みんな:(つられて笑う)←ここで深刻な雰囲気がガラッと変わる

 

 

死神:こんなとこで笑うか?普通はな、死にそうなやつがいると「逝かないで~」なんていって、すすり泣いているもんだけどよう。ここの部屋のやつらは気が変なのと違うか?

 

疫病神:確かに変なんじゃが・・・。でも、楽しそうでいいのう。

 

―間をおいてー

 

いさどん:我々は今、こんな小さな部屋の中にいるけどな、今日はちょっと宇宙に意識を飛ばしてみるとするか。

 

死神:う、宇宙?

 

疫病神:なんだそりゃ?(顔を見合わせる)

 

いさどん:大きな大きな宇宙の中で、我々は本当にちっぽけな存在だ。

 

疫病神:(いさどんのセリフに合わせながら、「大きな」と「小さな」を身振りで表現する)

 

いさどん:死んでしまうと全てが終わってしまうように思えるかも知れないけれど、よ~く考えてごらん。実は宇宙の物質は消えることはないことが観えてくる。

 

こういち:この地球もそういう仕組みになっているよね。

 

きょうこ:冬になると木の葉っぱは落ちてしまうけれど、それは無くなってしまったわけではないものね。

 

こういち:土に落ちて、虫がその葉っぱを食べて、その次にもっと小さな微生物たちが虫たちの糞を食べて・・・。

 

きょうこ:それが、また木の栄養となって、葉が茂る・・・。

 

いさどん:そうさ。はじまりから今まで、消えることなく、ただ変化しながら、形を変えながらぐるぐる、ぐるぐる廻っているってことだ。

 

(疫病神いさどんのセリフに合わせながら、体をぐるぐる回して、目が回って、よろよろ倒れる)

 

(周りにいる木の花ファミリーのみんな、なるほど、といった感じで頷きあう)

 

きょうこ:ただ形を変えながら循環している、ということね。

 

いさどん:そうだ。

 

きょうこ:私ね、自分が死んでしまうと思うと、すごく怖いの。

 

いさどん:我々は、死んだ先の世界を見たことがないから、死ぬことを恐れたりするんだ。

 

きょうこ:そう、怖い。

 

いさどん:でもね、実はこっちの世界とあっちの世界を行ったり来たりしているだけなんだよ。

 

きょうこ:・・・こっちの世界と・・・あっちの世界・・・?

 

いさどん:こっちの世界とあっちの世界、って分けて考えてないか?

 

きょうこ:そうだね。分けて考えている。

 

こういち:それで、こちらの世界からしか見ていないよね。

 

いさどん:そうだろう。こっちの世界だけから見ていると・・・怖いんだ。

けど、本当は、こっちもあっちも一つの世界の裏と表なのさ。繋がっている。

 

こういち:そうか。ひとつの世界の、あっちとこっちというだけなんだね。

 

いさどん:そうさ。もっと大きな視点で見れば、我々はあっちの世界とこっちの世界を行き来しながら、この大宇宙の時空を旅しているということなんだよ。


 

きょうこ:すごい!宇宙を旅しているなんて!そんな発想、今までなかったわ。

 

こういち:そうか!面白いな!ひとつの世界を、ただ移動しているだけなんだね。

 

いさどん:そうさ。大体分からないから怖いってい言うけどな、それなら、明日のことだって誰も分からんぞ。あるかないかだって誰にも分からんだろう?

 

きょうこ:確かにそうだね!けど、分からないからって、怖がって明日に行かない人なんて、いないよね!(気付き)   

 

こういち:ははは。さっきまで、死ぬのが怖いなんて言ってたくせに。

 

いさどん:生きてるから、死ぬのが怖いって言うけれど、死んで帰って来た人はいないんだからね。なんで、怖いなんてわかるんだ?

 

きょうこ:ははっ。ほんと、ほんと!

 

いさどん:逆に、生まれてくる時、怖いって言って生まれてくる人がおるか?

 

こういち:いないよね!

 

きょうこ:発想を逆にしてみるだけで、ものの見え方も変わって来るね!

 

こういち:面白いなあ!

 

いさどん:そういうものさ。この世界の仕組みを分かってしまうと、恐れることなんて何もないことがわかるだろう。

 

こういち:そうだね。

 

いさどん:だから、本当は、生きているとか死んでいるとか、そんなところにこだわる必要なんて全くないんだ。

 

きょうこ:本当だね!

 

いさどん:けどな、こだわらないからって、まだ逝くんじゃないぞ!(笑)

 

ようこ:(笑いながら)まだ死んじゃダメよ。

 

―間をおいて―

 

疫病神:(小声で)おいおい、あんたの立場がないのう。

 

死神:・・・やかましいわい。

 

 

いさどん:たとえ、死んだとしても、我々の魂は消えることはない。そしてな、もともと我々の魂はあちらの世界にいたんだよ。

 

きょうこ:あちらの世界・・・。

 

いさどん:そう。あっちが大本だ。

 

―間をおいてー

 

疫病神:おお、死神さんよ。あっちの世界って、知ってるか?

 

死神:そんなの知らん。

 

疫病神:へえ、知らんのか?真学校の授業でやってたぞ。居眠りしてたのとちがうか?(ちょっとバカにして)

 

死神:やかましい!

 

疫病神:じゃ、教えてやろうかの。(いつも手下の疫病神が得意げに)

あっちの世界とはの、「潜象界」のことじゃ。

 

死神:潜象界??・・・ますます、訳がわからん!(イライラして)

 

―間をおいてー

 

こういち:普通は、この肉体を持っているこちらの世界こそが全てだって思っちゃうよな。

 

きょうこ:だから、死んだら全て終わっちゃうって、そう思うよね。

 

いさどん:でも、本当は肉体が消えても、魂は消えない。そしてな。この肉体は、実は借り物なんだよ。

 

きょうこ:借り物?

 

こういち:仮の姿、ということだね。

 

いさどん:そうだ。あちらの魂だけの世界だと、心というものを変えることが出来ないんだ。

 

こういち:ということは・・・この肉体を持った世界でしか、心を変えていくことが出来ないっていうことなのかな?

 

いさどん:そういうことだ。

 

きょうこ:そうか!心を変えていく。そのために私たちはこの地球に降りてきたのね!(気付き)

 

いさどん:広~い果てしない宇宙の中で、この稀にみる生命(いのち)の星、それが地球だ。

こここそ、心を学ぶために創られた星なんだよ。

 

 

こういち:すごいな~!

 

きょうこ:そういうことなんだね!(気付き)

 

いさどん:心を変えていく、つまり心を学んでいくということを「心磨き」というんだよ。

 

きょうこ:心磨き・・・。

 

こういち:そうか。その心磨きをするために、僕たちは肉体をもって生まれてきた。

 

いさどん:そして、その目的を終えたら、肉体をお返しして、あちらの世界に帰るだけなんだよ。

 

きょうこ:そうか・・・死ぬっていうことは、借りていたものをお返しして、もとの場所に帰るだけ・・・そういうことなのね!(気付き)

 

いさどん:そうだ。それが我々がこの世界に生まれてきた目的なんだよ。

 

―間をおいてー

 

疫病神:な~るほど・・・。勉強になるのう。

 

死神:何を言っとるんだ。訳の分からん話ばっかりで、わしの方が死にそうじゃ!

 

疫病神:あんたが死んだら、誰がお迎えに来るんじゃろうかのう?

 

死神:死神に決まっとるだろ。

 

疫病神:死神はあんたじゃよ。

 

死神:・・・おお、そうじゃった!

 

 

いさどん:さあ、今日はこんなところで帰るとするか。

 

(第1章 つづく)

 

***********

 

こんな風に「死」というものを捉えられたら、本当に囚われのない心で生きることが出来ると思うのです。

この劇は、身内だけでなく、将来的には老人ホームなど旅立ちが近い人たちや子供たちにも見てもらえるようになったらいいな、と密かに思っています。

 

それでは、次回「第1章 後編」お楽しみに!

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前回のブログで紹介させてもらった、木の花劇団の劇「いただきます物語」には、八百万(やおよろず)の神様たちが登場します。

カタカムナでいうと、この世界は「ある」世界と「ない」世界からなっており、ある世界のことを「現象界」、ない世界のことを「潜象界」といいます。

ある世界(=現象界)には「見える」世界と「見えない」世界があります。

その現象界の見えない世界にいるのが、八百万の神様たちなのです。

 

劇の中では、疫病神、死神、祟り神、嫌われ神の4人の神様たちが登場します。

人間味あふれるユーモラスな神様たちで、劇の中では人間たちが学ぶことによって、一緒に学び、だんだんと心が変化していきます。

 

シナリオを書いていて、当時のことをいろいろと思い出すのですが、そこに本当に居合わせたかのように神様たちの言葉が浮かんでくるのです。きっと病室の上の方でじっと私たちを観ていたのでしょう。

 

世の中には病気や災い事が沢山ありますが、それは全部、人間たちが気付くために、神様たちが振りまいてくれたものなのだと、改めて思うのです。

 

今回から劇のシナリオを何回かにわたって紹介させてもらおうと思います。

まず最初は「序章・病院に棲む神様たち」です。

 

舞台を想像しながら読んでみてください。あえて、スクリーンに映す文字や照明の指示もそのまま記載してあります。

 

************

 

「いただきます」物語  (スクリーン)              

 

(暗転)

木の花楽団の「花よ天まで」の前奏部分(録音)を流す(フェイドアウト)

 

スクリーン <序章>病院に棲む神さまたち 

 

ナレーション:

木の花ファミリーのメンバーのきょうこちゃんは、1年半前に子宮頸癌だと分かり、その後

癌が進行し、大量出血のため、急遽入院することになりました。何度も生死の境を彷徨う中、こんな物語がありました。

 

ここは、病院の廊下。なんだか、怪しい影がやってきます。

 

(スポットライト ON)

 

疫病神が入ってくる。

 

疫病神:わしが誰だか分かるかね?(客席に問いかける)

 

わしは、疫病神じゃ。疫病神じゃからな。病人がいっぱいの病院が大~好きなんじゃよ。

毎日遊びに来ていたんじゃがの、あんまりに楽しいもんで、棲み付いてしまったというわけじゃ。

おっ、あそこにおるのは祟り神さんじゃのう。お~い、祟り神さん。

 

祟り神が入ってくる。

 

祟り神:まあ、疫病神はん。ここに来る前は、病気で死にそうな顔してたのに、最近いやに忙しそうにしてるじゃないか。ところでどうだい、商い(あきない)の方は?

 

疫病神:毎日毎日たくさんの病人さんが来てな。お蔭さんで商売繁盛じゃよ。飽きないねえ。(チ~ン)

 

祟り神:それは、よろしおすなあ。わても楽しくてしょうがないわ。

 

ホホホ・・・(客席を見て)ほ~ら、あそこにも・・・・ほ~ら、あそこにも・・・。

恨みや憎しみのあまり病気になったのに、未だに人のせいにしているのがいっぱいいるわ。ホーッホッホッホ。

 

嫌われ神:(登場しながら)わたしも入れてや。いくら嫌われ神だからって、仲間外れにせんとい

てよね。

(客席を見て)おお、いるいる。「あの人ちょっと苦手なのよね」・・・とか、「あいつ、気に入らんから、ちょっといじめてやろか」って思ってるのが・・・。

おお、あっちには、被害妄想で「私きっと、みんなに嫌われてるにちがいないわ」なんて思ってる・・・いっぱいいるのう。ひ~っひっひ。

ここは、ほんまにええとこじゃのう。

 

疫病神:・・・そういう奴らが、病気になって、病院にやって来るんじゃ。

(客席に向かって、手招きをする)嬉しいのう。

 

そこへ、死神が登場。(迫力ある感じで)

 

死神:そして、病気になった奴らを、最後はこの死神様が迎えに行くのさ。

 

疫病神:ところで死神さん。そろそろお迎えが必要な奴が来たんじゃよ。案内しましょうかのう。

 

死神:そうか・・・。行くぞ!

 

(暗転)

 

************

 

と、こんな感じで八百万の神様たちが登場します。

次の第1章では、いよいよ死にそうなきょうこを目の前にして、「死」とは何なのか?

「死生観」についての章です。

 

次回をお楽しみに!

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木の花ファミリーでは、今「1カ月間の真学校」が行われていて、残すところあと3日となりました。毎年その真学校のプログラムの一つとして、演劇が行われます。

 

木の花ファミリーには「木の花劇団」というものがあり、普段は畑チームだったり、オフィスやキッチン、建築チームなどで活動しているメンバーが、この真学校の時期になると劇団として集まって劇を演じるのです。

劇というものを通して、心の在り方を、観てくれるお客様と一緒に深めていけるような、そんな劇を目指して活動しています。

 

今年は、私が昨年ガンのため入院していた時のいろいろな物語を劇にしてみました。

タイトルは「いただきます物語」。

入院中、生死の境を彷徨う中、たくさんの学びがありました。

その物語は、この木の花ファミリーのみんなと共にあったからこそ生まれたものなのです。

 

この1カ月の間、頭の中は劇のことばかりの毎日でした。

まずは、シナリオを書くことから。

たくさんある出来事の中から何を取り上げるか、それを会話で表現するにはどう表現するか・・・など当時のことを思い出しながら、ある時は早朝にはっと目が覚めて、シナリオが思い浮かんだり、人と会話をしていても「あっ、これ取り入れよう」など、とにかくいつもいつもそのことが頭のどこかにある状態でした。

 

シナリオが出来上がると、今度は役者になった人たちが演じていくことで、劇がだんだんと生きたものになっていくのです。みんなそれぞれの部署で日中は仕事をしながらも練習を重ね、ついに昨日3月15日に本番を迎えることができました。

 

劇は近々ユーチューブで見ることが出来るようにしますので、そちらの方もご覧ください。

アマチュアの集まりの劇団ではあり、まだまだ足りないところだらけなのですが、みんなこの生き方の大切を伝えたいという熱い思いのもとに演じています。

 

**********

 

ところで、このブログを読んで下さっている皆さんに報告があります。

一昨日3月14日、がんセンターに検査の結果を聞きに行きました。

CT検査、MRI検査、細胞検査などの結果、

癌が、あるかないかが分からない位になっているということでした。

 

私は子宮頸癌で、一番ひどいときは直径6.5センチほどの大きな癌の塊が子宮の入り口にあり、リンパや腎臓にまで浸食していました。約1年くらい前から断続的に大量出血があり、昨年10月の大量出血では命が危ない状態になり、急遽入院することになりました。

 

病院で放射線治療を受けた時に言われたことは、

ここでの治療は血を止めるための応急処置でしかないから、早くて3カ月、長くても6カ月後にはまた同じような状況になるだろう、ということでした。

私も、生き延びることが出来たとはいえ、余命3カ月から6カ月だと覚悟はしていました。

 

でも、今信じられないような結果をいただいています。あり得ないことが起きたのです。

 

科学や医学では説明できない何かが起こったと思うのです。

それは、この木の花ファミリーという場があったからこそ、起きたことだと思います。

みんなの愛と想いの力で奇跡が起きた。

 

だから、この物語は、きょうこ物語であると同時に、木の花ファミリーの物語なのです。

 

こうしてみんなで集って暮らすことの素晴らしさが、この生き方の素晴らしさが、

この私の体に起きた現象をもって証明されたのです。

すごい!!これは本当にすごいことだと思います。

 

 

入院中、この劇には盛り込み切れない、まだ沢山の物語がありました。

劇のシナリオを書いていく中で、上演するには長すぎるので、たくさんの場面がカットされました。

 

そして、シナリオは一体何度書き直したかというくらい、読み合わせをするたびに、何度も何度も書き換えらえました。シナリオが出来上がり、今度は役者が演じるようになると、演じる度にまた何度も何度もシナリオが書き換えられました。

だからこれは、みんなで創り上げた劇。

そして、これは実際にあった実話に基づいていますから、木の花ファミリーのみんなによって創り上げられた劇なのです。

 

劇を練習していく中で、ある時魂が入る瞬間があります。

役者がセリフを覚えていなかったり、覚えたとしても覚えたものをただ言っているだけだと、観ている者に訴えるものがないのです。

セリフが自分のものになった時、そこにはアドリブが生まれ、セリフ通りではなくても観ている者に伝わり感動を生むのです。

 

私たちも同じだなと思いました。

私たちひとりひとりは、ある意味この世界の、というかこの宇宙劇場、神様劇場の役者で、神様が創ったシナリオのように人生をいただいている。

そのシナリオの意図を自分のものとし、自分のセリフとして演じることが、私たちに与えられた役割なんだと。

 

 

癌が見えない位に小さくなっていたことは、すごいことかも知れない。

でも、諸手を挙げてすごい、ということでもないのです。

だって、本当は癌というものをもらわなくても、こんな究極の状態をもらわなくても、

人は学べる。

だから、周りのみんなが私を見て、こんなになってはいけないんだと、学んでくれたらいいと思っています。

 

体が元気になって、また癖が出てきます。

まだまだ癖だらけの私ですが、生きている限り、心の学びは続いて行くのです。

 

こうして木の花ファミリーのみんなと出会えたことに、

この生き方に出会えたことに感謝するとともに、

この稀な生き方をしていることを誇りに思います。

 

本当に面白い人生をいただいている。

有難い人生をいただいていると思うのです。

 

これは私です。こんなに元気になりました!3月9日今年初めての夏野菜の種まき。ナス、ピーマン、トマトの種を蒔きました。こうして徐々に元の仕事にも復帰しつつあります!

 

※この「1ヶ月間の真学校」での学びは「1ヶ月間の真学校@木の花ファミリー」にてご覧になれますので、是非ご覧ください!

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