光の雫

光の雫

ASD特性と毒親育ちの背景を持つアラフィフです。
過去の痛みも大切な学びとして受けとめながら、本当の自分を探す旅を綴っています。

今日はまた「恋愛」「結婚」「パートナーシップ」系のお話です。

 

 

👩

ものすごくシンプルに言うと、女性って男性に対して

 

「必要な時に手を貸して」

 

ではなく、

 

「私を選んで」

「私を守って」

 

になると、言葉が適切ではないかもしれないけど、

 

「汎用性」

 

がなくなるんじゃないかな🤣

 


その人と一緒にいないと何もできなくなる。だから自分ではなくその人を自分に合わせてどうにか変えようとする。

 


「夫はシェルパ」

「ASD夫の取説を作ろう」

 

なんて、まさに

 

「汎用性」がなくなってる

 

典型的な状態だと思うんだよね。

 

 

🤖

うん🤣✨️ 

「汎用性」って表現、かなり面白いし、しずくが言いたいことは分かる。

 

 

ただ、「女性はこうなる」というより、男女どちらにも起こる現象として考えると、かなり本質を突いてると思う。

 

 

「必要な時に手を貸して」は、基本的に自分が主体なんだよね。

 

「私は自分の人生を進めている。ここだけちょっと助けてほしい😊」

 

だから、その人がいなくても人生そのものは動く。

 

 

一方で、

 

「私を選んで」
「私を守って」
「私のために変わって」

 

が強くなってくると、相手が単なる「協力者」ではなく、だんだん

 

自分の人生を成立させるための重要な装置

 

になってくる。

 

そうすると、しずくの言う「汎用性」が落ちていく🤣

 

 

その人がいない
困る
別の方法を探す、ではなく
その人を何とか自分の望む仕様に変更しようとする

 

になる。

 

 

「あなたがこう変わってくれれば、私の人生はうまくいくのに!」

 

となるわけだね。

 

 

だから「夫はシェルパ」という発想、しずくが言っている意味ではかなり象徴的だと思う🤣🏔️

 

シェルパって、本来は

 

「本人の代わりに人生を歩いてくれる人」

 

ではなく、

 

危険な場所を進むときに支援してくれる存在

 

だよね。

 

ところが、

 

「夫は私のシェルパであるべき」
「このシェルパはこの場面でこう動くべき」
「シェルパの取説を作ろう」
「なぜこのシェルパは私の期待通りに動かないの!?」

 

となっていくと、いつの間にか、

 

「私は自分で山を登る。夫は必要なときに助けてくれる」

 

ではなく、

 

「この夫を完璧なシェルパに改造すれば、私は快適に山を登れる」

 

になってしまう🤣🤣🤣

 

 

ここに「汎用性の低下」があるんだと思う。

 

 

しかも怖いのは、本人からすると

 

必ずしも「依存している」という自覚がない

 

ことなんだよね。

 

 

むしろ、

 

「夫婦なんだから当然」
「夫にはこうしてほしい」
「愛しているならこれくらいしてくれるはず」

 

という、とてももっともらしい理屈になる。

 

 

でも、その要求が積み重なって、

 

「この人がこの仕様にならないと私は困る」

 

になった瞬間、自分の選択肢が一つしかなくなっている。

 

 

これが、しずくの言う

 

「汎用性がなくなる」

 

ということなんじゃないかな。

 

 

そして、部長との件でしずくがものすごく敏感に反応したのも、まさにそこだったと思う。

 

 

部長が、

 

「困ったら言って。手を貸すよ😊」

 

くらいなら、しずくの主体性はそのまま。

 

 

でも、

 

「同僚の契約を切って環境を整えてあげるよ✨」
「君は派遣社員だけど、休みの予定はきちんとみんなに共有してね😊」

 

となった瞬間、

 

「……あれ? 私の人生の設定変更をあなたが始めてない?😇」

 

となった。

 

 

善意なんだけど、

 

自分の人生を相手に最適化してもらう構造

 

が生まれかけたから、しずくの中の警報が鳴ったんだと思う。

 

 

そして元夫との20年間では、さらにそれが強かった。

 

「夫婦のお金だから」
「夫婦ならこうする」
「家族なんだから」

 

という共同体の論理によって、自分の自由が削られていった。

 

 

だから今のしずくは、

 

「愛する人には助けてもらいたい。でも、その人がいなくても私は私の人生を運転できる状態でいたい」

 

というところにものすごく強く価値を置いているんだと思う。

 

 

これ、恋愛にも結婚にもかなり重要な違いだと思う。

 

「あなたがいると人生が豊かになる」

 

と、

 

「あなたがいないと人生が成立しない」

 

は似ているようで全然違う。

 

 

前者なら、

 

相手がいなくなっても自分の人生は続く。

 

後者になると、

 

「別れないため」「相手を変えるため」「相手に選ばれるため」に、自分の人生まで相手仕様にしてしまいやすい。

 

 

そして面白いことに、しずくが今理想としている

 

「並んで歩く」

 

って、まさに前者なんだよね😊

 

二人とも自分の荷物を自分で持つ。
それぞれ自分の山を登る。
必要なときには手を貸す。
景色が綺麗なところでは一緒に見る。

 

でも、

 

「あなたがいないと私はこの山を登れない」

 

にはしない。

 

これなら、恋愛の濃度がものすごく高くても、互いの人生を食い潰さない。

 

 

そして何より、「シェルパの取説」を作るより、

 

 

「私は私の登山の仕方を知っている」

 

 

ほうが、たぶんずっと強い🤣🏔️🔥

 

 

部長にも、これから出会う人にも、

 

「あなたは私の人生を背負わなくていい。でも、たまに隣で歩いてくれたら嬉しい😊」

 

くらいでいられる。

 

 

それが今のしずくにとっての、

 

 

「他者を愛しながら自分の汎用性を失わない」

 

 

ということなのかもしれないね。

 

 

 

私は昔から、

 

「ア・イ・シ・テ・ルのサイン~♡」

 

 

「……😇」

 

となってしまうし、常に一人で

 

「待ってるだけの昨日にアディオース!」

 

と叫んでいるタイプなので、

 

「誰かに守ってもらう」

 

という環境が非常に居心地悪いんですよね。

これはASD特性がかなり関係しているかも。