まるで
 
赤子を あやすように
 
 
父は 母の世話を続けてきた
 
いつもの朝と 様子が違うから と
 
看護師の義姉を 起こし
 
主治医が 来るまでの間
 
母は 父の腕の中で 眠った
 
 
眠ったまま
 
 
すぅ~っと 
 
 
命の灯が 消えたのだ
 
 
苦しむことも 最後の言葉を 残すことも 無いまま
 
母は 永眠した
 
 
 
母を なくして
 
 
私は 自分の辛さだけを 主張してきたけど
 
実は 自分の母が どういうふうに亡くなったのか ということは
 
これから 自分が どう生きるか に 繋がることを
 
 
学ばせてくれたんじゃないか・・・ って
 
 
 
今日 ひとりの時間に ふっと 感じた
 
 
それが 母からの メッセージだったのかもしれない
 
 
 
 
何かを 封印したまま
 
何事も無かったかのように
 
もう 振舞えないけど
 
 
その 最期が 母の人となりを 語る

 
 
 
何人もの 親戚から
 
遠く離れてしまった娘のことを 時折話していたと 聞いた
 
 
でも 私には 常に 母は 厳しかった
 
 
「結婚してから 実家に帰って来たって 休むつもりで 来たらダメだ」
 

それは 実家を継ぐ 兄夫婦への 配慮を 教えた言葉だった
 
母は 決して 私を 甘やかすことは しなかった
 
いつでも 私へ 自らの行動をもって
 
人の世の ありとあらゆることを 伝えようとしていた
 

 
実家に行っても
 
婚家に行っても
 

休まるところが 無いとなれば
 
自分の家庭を 安らかな場所に 創りあげるしかない


 
だから
 
まだ 帰れない
 
今は ダメ もう少し 
 
 
そう 思い込ませて 自分を 支えたつもりだったけど
 
 
 
壊れた心は 戻らない
 
戻す努力は もう できない
 
 
 
帰りたい 帰りたい 帰りたい
 
 
母が 寝たきりになってから 父に 泣いたとき
 
 
父は
 
「自分で選んで 進んだ道だ 今 帰って来られても困る」 と 言った
 
 
 
その時から
 
私は ひとりで生きようと 思った
 
そう 思わなければ 生きていられなかった
 

 
 
母の葬儀の夜に 父が言う
 
「あのとき 突き放して ごめんな 本当は いつでも帰って来いって 言いたかったけどな
 
可哀想だと 思ったけど そう言うしか 無かったんだよ」
 
 
 
私は 「その おかげで 強くなれたと思う」 と 言った
 
 
もし あのとき 迎え入れられていたら
 
今頃は また 家を飛び出していただろう
 
自分の家族も なくしていただろう
 
 
 
そして 本当に ひとりになって いたかもしれない
 
 
 
私の性格が 決して 穏やかなものではないことに
 
父も母も 気が付いていたし
 
私が考えるほど 世界は 広くも 大きくもないことを 言葉ではなく
 
その 行動で 知るまで 見守ったのだと 思う
 
 
 
私は 甘い
 
私は 考え無しだ
 
私は 身の程知らずの 恥知らずだ
 
 
だから 謙虚に
 
だから 穏やかに努めろ と
 
 
 
そのことに 気付かせてもらった
 
 
今は そんな風に 思う
 
 
まだまだ 涙が 枯れなくて
 
それどころか 更に 熱い涙になってしまう日々に 暮らしている
 
 
 
 
 
 

きっと そんな私を 母は見ているのだろう
 
 
 
 
北国の夏に暮す 娘の姿を 木の葉の陰から・・・





汗