子供の頃

豚を飼っていた

 

小さな豚を 買って

大きく育てて 売るのだ

 

父さんが 藁を切り

豚小屋の 中に放り入れると

 

豚は 喜び

柔らかい 藁だけを

自分で決めた 自分の寝床へ 集めるのだった

 

豚は 何でも食べた

 

母さんからもらった 台所の 食べ残しだけじゃなく

畑で 採れすぎた 野菜でも

 

近所の 家からもらった 残飯でも


とにかく 何でも 食べた


そして 美味しそうだった

コリコリ 音がしたり がりごり 噛み砕いたり


何でも かんでも 食べた

いつも 食べていた

 

鼻先を 持ち上げて 水を飲む様子も おかしかった

 

丁寧に 水を飲んでは

また ムシャムシャ食べた

 

子豚のしっぽは くるんっ って丸まって

薄くて白い毛が あって 

 

可愛いのだった

 

でも 触ったことは 無かった

 

 

大きくなって

肉屋さんが 見にきて

買われていく日が 決まって

 

いなくなるのだった

 

時々は 私が居るときに 買われて行った

行った先で どうなるのか

私は 知っていたけど

 

そのことには 触れたことは なかった

 

そのことを 悲しいとか 残酷だとか

思うことは しなかった

 

しては いけないこと と 感じていたから

止めることが 無理なのも 知っていたし

 

だから

こっそり 給食のパンを

豚にあげたりしては

 

複雑な 心境を 押さえ込んでいた

だって 小さな私に 何ができるかといえば

 

それぐらいのことしか できないのだった

 

トラックに 乗せられた くるんっ の しっぽ が

震えながら 遠くなって行くのを

ただ 黙って 見送るだけ だった

 

キューキュー鳴く声が 聴こえなくなるまで

トラックが 角を曲がって 行ってしまうまで

 

私は 泣きたいのを 我慢していた

 

泣きたいのを 我慢するってことは

鼻の奥が ギュ~って 痛くなってくるってことを

 

知っているような 子供だった

 

 

だからということでも ないけれど

私は 今でも 上手に泣けない

 

泣きそうになると 心が ストップして

考えるのを やめる

 


 

そう だから 簡単に 考えるのを やめることも できちゃうのだ