片山 恭一 『最後に咲く花』 読みました
ひとつのお話が展開しているだけじゃなくて 政治 経済 環境 医療 そして 純愛?
そんなに簡単に男女を描いてるわけじゃなく
でも 私の頭で簡単にとらえてしまうと プラトニックな関係以上の男女の愛情??
う~ん うまく表現できな~い だけど ここで あらすじを書いてもおもしろくないですから
これ読んで 何を思ったかを書きます
私は作者 片山氏とは1歳しか違わないから 同時代に生きています
同じような社会背景の中で育っているわけです 高度経済成長時代ですね
消費が美得とされる社会です そこで常に 競争しながら 私達は育ってきました
疑うこともせず 経済至上主義の中で 教育も高度なモノになり
誰もが義務教育以上へと進んで行けた社会でした もちろん努力無しには叶いませんが
能力に応じた努力は報われてきた時代だったといえるでしょう・・・
そして 豊かに育った私達に訪れた報い・・・9.11テロ事件です
物語の底流にこのテロ事件は流れています拭えないものとしてそこにあります
あれから 私達は変わりました
この社会しか知らず 温室の中で育ち 何でも持っていると信じてる 今
自分達が手にしているもので いったい何が救えるんだろう?って
問われた気持ちになりました
作中 病魔に冒された女性から それも恋人だったわけではなく
学生時代の知り合いだった女性と再会してから 100%プラトニックなままで
彼女を看取る決心をしていく主人公ですが・・・
最後は自殺幇助も内心では決意するんです 初めは彼女からの依頼だったけど
だんだん その事の意味の深さを 考え模索し・・・決意に至る
哀しくて 哀しくて でも これほどまでに 相手を想えるっていったい何だろう?って
考えました
だいぶ前 オランダの方で 最後の決断(自殺ですオランダでは認められています)の日を決め
逢いたい家族や知人に伝え 言葉を交わし 別れの挨拶をして逝く そんな内容の本を読んだ時
こんな風に生きられるんだろうか?って考えたのを思い出しました
ママ、ママって離れがたくしている 息子や娘に ありがとう もう逝きたいから そんなに引き止めないで
お願いだから 最後の勇気のある 今 逝かせてねって・・・
そして 隣の部屋へ移動した家族達を側に感じながら 逝ける しかも自分の意志で・・・
ボタンを押す・・・安らかに・・・
約束の時間になって 医師がその死を確認し 家族に伝える・・・
静かで 安らかすぎる 最後・・・
こんな風に逝けるとしたら 自分はどう生きていけばいいんだろう?って・・・
その本を読んだ時はテロ以前だったし 子育て中の身だったけど あれから自分の親
そして自分の老い も身近になってくると
逝ける意志のあるうちに 逝けるのは幸せだな~とも思います
今のとこ 勇気はないですが 理想のかたちとして 考え続けてしまいます
そしてまた テロによって気付かされたモノ・・・人間達に発せられている警告
私達人類全てに 神はいったい何を示しているんんだろ?って
不謹慎な言い方を許してもらえば・・・9.11は 必要悪 だったのだろうか?って
あれから いったい 何を学ばなければいけないのだろうか?って・・・
それより 私達は 学べるのだろうか?って
この本を読みながら 色々な事を考えました
読み終えてから どんどん心の中に浸透してきて あまりにも多くを持ちすぎ 知りすぎた
私達は 実は 何も得る事の無いまま生を終えるのではないのかな?
この生で何を学んだと言える?って・・・
きっと幾度も 繰り返し 考えることになりそうです