小林 紀晴 『アジアン・ジャパニーズ』シリーズ3作め・・・読みました
アジアの旅先で 出逢った人々の様子を写真とともに紹介しています
なぜアジアの国を選んだのか なぜ この旅を続けるのか
旅を終えたら何をするのか そして旅のどこでそれをみつけたのか・・・
そんなことを 写真と文章で 紹介しているシリーズです
1作めの旅から 早くも14年が経つと あとがきにありました
14年前と言えば・・・私は
2歳と4歳の娘を連れて 夫の生まれた北海道の小さな町に 移住しようとして
一生懸命計画していた時期と重なります
ちょうど バブル崩壊直前だったため 3年間住んだ マンションが
思いがけず 高額で売却でき
北海道の大地への憧れで 気持ちは膨らむばかりだった事を 思い出します
その前年 ベルリンの壁が崩され 東西ドイツが統一 さらに ソ連が崩壊し 中国では民主化運動が起こり・・・国内では 『連続幼女誘拐殺害事件』 が社会を震撼とさせ
起きたことの前後は その時代に生きていたのに あいまいなんです
きっと 見据えることが出来なかったからでしょう・・・でもその頃
地球全体が大きな 大きな渦に
飲み込まれて行く感じ 歴史が動いてるという実感はありました
それが 当時暮らしていた東京から早く脱出したい という思いにつながります
本の中で小林氏が取材した人々も
それぞれ違えど 『都会』や『人間』や『時間』や『常識』などから
『脱出』 したい思いで 沖縄に来ていることは共通していました
3作めのこれは アジア各地の旅を繰り返してきた 小林氏が
最後にたどり着いた沖縄が主な舞台です
沖縄は日本の南端ではなく アジアの北 そういう感覚でとらえられています
すべての流れは南から北へ・・・
さらに自分と重ねると その沖縄から 北上した 『果て』 が今いる ここ 道東の小さな町になります
ここへ移住してからは ここから出ることなく 働き詰めの日々だったし
もちろんその時、その時を楽しんで暮らして来たけれど・・・
ずっと自分は異国に居るような不安感をともなって過してきたように感じています
自分を子供の頃より知っていてくれる相手や 自分の親 そのまた親
さらに 兄妹 親戚関係 友人達 それらすべてから 切り離された世界
言葉が通じる外国みたい・・・それらが全部今の自分となっているのでしょう
虚無感 焦燥感 閉塞感 虚脱感
どんなに夫や子供を愛し 信じていても 埋めることのできない感覚
それが 旅にも通じている気がします
でも だからといって 今の自分を故郷に置いても
同じ感覚に苛まれることは 想像できます
あまりにも 長い時間 存在することを怠っていると
人や景色だけじゃなく 空気感を取り戻せなくなってしまう
小林氏も同じでした
沖縄の旅の途中 故郷の諏訪へ戻り 7年に一度と言われる『御柱祭』を 取材します
子供の頃から 7年に一度繰り返されてきた馴染みのお祭りが
急に 自分から離れて 知ってるけれども 距離が遠くなってしまった感覚を語っていました
いつか まだ知らないどこかへたどり着いたら
この淋しさは 埋められるのかな?
これから逢うハズの誰かが 見つけてくれるのかな?
こんなことばかり考えているなんて
いつだって 旅の途中 なんだろうな きっと・・・
読み終えて自分のことを そう感じました