私は区役所へ離婚届を提出し、受理された後の手続きについて説明を受けていた。
結婚した2組に1組は離婚すると言われている世の中で、こういった手続きを行う人は少なくはないのだろう、
事前にどこでなにをするかが一覧化されており、限られた時間の中でどのように廻るかを考えながら思った。
「あー、覚悟はしていたけどめんどくさい。なにこれ、まだあと免許証と銀行もいかないといけないのに。
…まあでも、これが済んだら暫くは落ち着けるかな。」
この時はその数年後まで不定期的に元旦那に振り回されるとは微塵も思っていなかった。
子供たちの成長過程においてどのように影響が出るか計り知れなく、それを想像する事はあったけれども、
まさか自分より年上の成人男性(元旦那)から離婚後にも「迷惑かけるけど」という言葉を聞くことになろうとは、これっぽっちも想像つかなかった。
幸い、我が家は子供たちが物心つく前から父親と別居状態であったので、
父親を恋しがって泣く、だとか、環境の変化、だとかは皆無であり、私が旦那の戸籍から独立する。という至極シンプルなことだった。
住んでいるところも、仕事も、苗字も旧姓に戻さなかったので表面上何一つ変わらないサイレントな離婚の儀式であった。
変わらないのは人間関係も然り。義理の両親は相変わらず孫を可愛がってくれていたし、私もそれに感謝している。おいそれと会える距離ではないが、年に一度旅行に誘ってくれて、それは今では恒例行事として子供たちも大変楽しみにしている。
一般的にはおそらく、理解しがたい関係であると思うが、個人的にあくまで「子供たちと祖父母」の関係であり、悪影響がない限り、私は子供たちの引率者でしか過ぎない。双方が同意しているのであれば今後も続けていけばよいと思っている。
元旦那にとって、子供は責任は負うけれども愛着はない存在なのだろう。
別居時代から積極的に会おうとはしなかった。会う事を強制するのもいかがなものかと思い、私から会いに来てとも言っていないが、ふらりと現れては可愛がり、子供たちも「たまにしか会えないけど優しいパパ」像に満足しているように見えた。
離婚後、転勤も相まってやはり年に一度程度でしか会えなくなってしまったが、それでもそれが特別でありイベントになりつつあった。
さて、子供たちは私と元旦那が離婚した事を当然知っている。
理由は「約束を破ったパパをどうしても許せなくて、仲直りができなかった」というガイドラインだけ伝えている。それについて、子供から責められて落ち込んだ事もあったが、まあそれは私が受ける罰なのだと言い聞かせてきた。
私は元旦那のことをなかなか(悪い意味で)すごいな、と思うが、子供たちには多種多様な家族があって、それでいいじゃないかと伝えているし、一緒に住んでいなくても父親であることには変わりはないのだから、頼ればいい。というスタンスで今日まで過ごしてきた。
私にとってはともに家庭を築き、子育てをするパートナーにはなりえなかったが年一で会う子供たちの理想のパパ像位にはなってほしいな、と心の中で思っている。
私の本音を言葉を選ばずに言えば、旦那に対しては「子供がいなきゃ会わないし、せめて子供たちに軽蔑されるような生き方はやめてくれ」であり、義両親に対しては「いつもありがとうございます。これからも色々とよろしくお願いしたい所存です」である。
離婚理由がまるで昼ドラのような泥沼劇であったので、一時は全員〇んでくんないかな・・と空を仰いだ事もあったが、そういう感情はとうになくなり、離婚というワガママを通した以上、あとは子供たちの事を最優先に動くべきだな、と常に考えるようにしている。
元旦那・義両親のと関係は子供がある程度大きくなり、本人らにその関係を任せるときがくるまで、私が遮断する事ではない。
こうして私は自分の感情を飼い慣らしてきたつもりだ。あくまで私の生き方で、私がその時最良と思った選択をしてきたつもりだった。
子供に愛着はなくとも責任を感じているあたり、できる限りの事はすると言ってくれた旦那。
別居から現在まで金銭面の約束は数年単位で果たされているので、そこは少しは信用している。
それでも、私の知っている常識では括れない言動を取る元旦那に、私はまた悩まされるのであった。
