私は無宗教ですし、スピリチュアルなことを深く信じて生きてきたわけではありません。
けれど、私の心の中に静かに、確かな手触りとして残っている二つの夢があります。それは単なる脳が見せた幻影ではなく、妻からの最後の手紙のような、温かい体験でした。
1. 苦しみから解き放たれた日
一つ目の夢は、彼女が旅立ってから数日後のことでした。
亡くなる前、彼女は腹水でお腹が大きく腫れていました。その苦しそうな姿を見ていた日々は、私にとっても、そして何より彼女自身にとっても、言葉に尽くせないほど過酷な時間だったはずです。
けれど、夢の中で再会した彼女は、あのお腹が嘘のように元に戻っていました。
「見て、戻ったよ! 戻ったんだよ!」
彼女は子供のように、心から、本当に嬉しそうに笑っていました。その弾けるような笑顔を見て、私も「本当によかった」と、魂が震えるような喜びを感じました。
それは、彼女がようやく病という重荷を下ろし、自由になれたことを知らせてくれた、最初の手紙だったのかもしれません。
2. 五十日目の光と、最後の抱擁
二つ目の夢を見たのは、妻が亡くなってちょうど五十日目の朝のことでした。
これまで、今住んでいるマンションが夢に出てくることは一度もありませんでした。しかし、この日の夢の舞台は、紛れもない「我が家のリビング」でした。
私は、いつもの見慣れた革の3人がけソファーに座っていました。
そこには、彼女の「姿」はありません。
けれど、私は彼女を抱きしめていました。
そこにある「光」を、全身で受け止めていたのです。
夢の中だというのに、ソファーに座っている重みも、彼女という光を抱きしめている感触も、すべてが現実そのものでした。
「ああ、彼女は今、天国へ旅立とうとしているんだ」
その光に包まれながら、私は深い悲しみとともに、それを上回るほどの幸せと、彼女に対する溢れんばかりの感謝を感じていました。
「ありがとう。本当にお疲れ様」
そう心の中で語りかけた瞬間、現実よりもリアルな温度を残して、私は目を覚ましました。
それ以来、彼女は夢に出てきてくれません。
寂しさはもちろんあります。けれど、不思議と心は穏やかです。
あの五十日目に感じた光の温かさが、今も私の掌や胸の中に残っているからです。
