うつ状態で苦しむあなたを助けたいのです! -38ページ目

うつ状態で苦しむあなたを助けたいのです!

私が躁うつ病を発症して29年目になりますが、躁とうつの波にもまれて苦しみのどん底にいた状況から8年前にようやくうつ状態を克服し、躁うつ病を薬だけ飲んでいれば症状が出ない寛解に至りました。今度はあなたが寛解する番です。

神戸市医師会、神戸市弁護士会などの主催で今年で9回目を数えるこのフォーラムでは、和歌山県白浜でNPO法人白浜レスキューネットワークの理事長である藤藪さんの講演とその質疑応答が主でした。

 

白浜には自殺の名所である三段壁があり、前任者を含めるとおよそ900名もの人たちの命を食い止めてこられたのことで、大変貴重な愛があふれるお話を聞かせていただき、感無量でした。

 

三段壁には「いのちの電話」と表されたこのNPO法人の看板が立てかけられており、自殺をしようと訪れて思い煩っている人たちがその看板に書かれている番号に電話してきて対応しているとのことでした。

 

実際、ただ自殺を思いとどまらせるだけではなく、その人を再び社会に送り出すまでの共同生活の場まで提供しているそうで、現在も13名の方がいらっしゃいます。

 

藤藪さんは、ただ助けた美談だけでなく、自分の犯した失態も胸の奥に大事にしまっており、それも一つの原動力にされているとのことでした。

 

特に興味をそそられたのは、藤藪さんがこの活動をする上で大切にしておられる3点のポイントでした。

 

1.相手の話は100%信じる

2.自分の信念や価値観を曲げない

3.自分の方から関係をきることはない

 

私も今後カウンセリングの場ではこの3点を守っていきたいと思いました。

 

HP:https://www.utsujoutai.net/

 

 

確かに抗うつ薬がぴったり合ったことは、とても大きかったです。

 

しかしそれと同時に、寛解するためにしたことがあります。

 

一つ目は、それまでの偏ったものの考え方・捉え方を矯正したことです。

 

例えば、不安についてですが、それまでは不安に思い出すと、きりがなく妄想が大きくなって悲観的になっていました。

 

ですがその考え方・捉え方を変えて、不安とは前に進もうとするときには必ず生まれる心の注意信号と考えるようになったんです。

 

その結果、不安になってもネガティブになることはなくなっていきました。

 

もう一つは、肉体を改造するということでした。

 

それまではうつの症状もあり、外に出ることを嫌がり、運動をすることを拒否していました。

 

そこで肉体を健康に保つことが精神をも健康にするという考えから、徐々に体を動かすようにしました。

 

まずは散歩から始め、徐々にウォーキング、それに加えて筋肉トレーニングを行うようになっていきました。

 

そうやって8年前に、私は躁うつ病の寛解を手に入れたのです。

 

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最初のころは、まだクレジットカードを持っていなかったので、暴言と過活動くらいでしたが、クレジットカードを持つようになってからは買い物をたくさんしたり、一人で歓楽街をうろついたりしました。

 

そして彼女ができたときには、いいところを見せようと新車の車を購入しました。

 

ある時はとある町のスナックで不動産業の客に暴言を吐いたらしく、ビール瓶で殴り掛かられました。何とかよけられたものの、一つ間違えば大けがを負うところでした。その客が実はチンピラで、その後も私のことを探しているという情報を知り合いの暴力団員から聞きました。それは知り合いの暴力団組長がもみ消してくれました。

 

彼女がいないときは風俗にも多くの金を使いました。

 

躁状態になると、決まって会社を設立するんだと言って動き始め、余計なものにお金を使いました。

 

仕事をしてなくてお金もないのに行動して、挙句の果てに無銭飲食で警察のお世話になったこともあります。

 

結局、私は自己破産を2回することになりました。

 

恥ずかして情けない話です。

 

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僕が24歳で躁うつ病を発症してから、確か半年後には「死にたい」「消えたい」という気持ちが芽生えていた。

 

だから通勤時に駅で電車を待っているとき飛び込んだらどうなるだろうかとか、会社の昼休みにビルの屋上から飛び降りたらどうなるかということを何度も考えていた。

 

しかし実際に自殺行為に及んだことはなかった。

 

それは母が生きていたからだ。母が悲しむ姿を見るのが耐えられなかったのだ。

 

でも母が36歳の時に亡くなった後は、「死にたい」「消えたい」という気持ちが沸き上がると、OD(大量服薬)をして何回か救急車に運ばれたり、無意識に車を運転して駐車している車にぶつけたこともあった。

 

ODをする薬がなくなると、自分の身体を傷つけ始めた。

 

腹部や腕をカッターと包丁で切り刻み、両方合わせて11針を縫うことになった。

 

そんなどうしようもない時に転院し、新しい抗うつ薬を処方された。

 

どういうわけか希死念慮が一切なくなったのである。

 

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日本では1990年代後半に自殺者が年間3万人を超えましたが、2016年には2万1千人台に減少しています。

 

しかし10代20代の自殺者は減少しておらず、若年者の死因第1位は自殺なのです。

 

「死にたい」、「消えたい」と考える人たちはそう強く思った時、いのちの電話には繋がらず、誰にもその思いを吐き出すことができずにいます。

 

そんなときは同じ経験をしてきた私を頼っていただけませんか?

 

下記リンクに私のホームページがあるので、ぜひ立ち寄ってください。

 

https://www.utsujoutai.net/