「群馬県桐生市の駅近くで私立高校1年星野智君(15)が死亡した事件で、
県警桐生署は23日、星野君を殴って死なせたとして、傷害致死の疑いで、
前橋市の無職の少年(15)を逮捕した。容疑を認めているという」。
これは時事通信社からの抜粋であるが、他の報道機関の取り扱いもこれと
同様である。
どうして加害者の名前が明らかにされず、被害者の名前が公表される
のだろうか。
青年、未成年で犯罪者の名前の開示を線引きするのであれば、せめて
被害者も同じように線引きすべきではないか。
いや、被害者の氏名や職業などは、年齢にかかわらず非公開とすべきでは
ないか、と私は思う。
被害者の名前や職業を公共メディアに晒す意味は一体どこにあるのか?
もちろん、人それぞれであろうが、「そっとしておいて欲しい」というのが遺族
の気持ちではないだろうか。
それを、生前のプライベートな情報をあれこれと垂れ流しにするのは
いかがなものか。
私だったら嫌だ。生前どんな仕事をしていたとか、どんな性格だったとか。
住んでいた家の写真とか。もちろん顔写真も、全国ネットで全国民に知って
いただかなくて構わない。いや、大いなる迷惑。知って欲しくないのである。
まさに死人に口無しで、抗議できないのをいいことに、かってに私の個人
情報を晒さないでくれ!とあの世から言いたくなるであろう。
犯罪被害者は二度殺されると言われている。
被害にあって、命を落とす。そして、メディアによってプライバシーを暴か
れることによって、人権も抹殺されるのである。
たとえ故人となろうとも、プライバシーは守られるべきではないのか。
被害者のプライバシーへの過度の立ち入りは、知る権利、報道の自由と
いうよりは、もはや好奇心、野次馬根性、ウワサ好きといった、下卑た発想
を満たすためのものでしかない。
今回の場合も、生きている間はたとえ人ひとり殴り殺しても未成年であれ
ば、無職の少年(15)として保護されて、被害者になった途端に、
私立高校1年星野智君(15)と晒される。
挙句に、ネットなどで被害者のかねてからの行動や性格などが飛び交う
始末なのだ。
「無職の少年(15)が高校1年男子(15)を…」という記述では、どうして
だめなのか。
八王子の通り魔事件もしかり。
殺された女性の氏名や学校名など、そこまで詳しく報道することの意味は?
単に「どんな女性が殺されてしまったのだろう?」という好奇心を満たすもの
でしかないのでは?
◆
この叫びは、かの酒鬼薔薇事件から被害者家族が声高に叫んできたことだ。
司法当局は、マスコミの圧力に耐えられないほど貧弱なのか!
だんだん腹立ってきた!