またも八王子で痛ましい殺傷事件が起こった。
先月起きた秋葉原の殺傷事件と同根の事件だと言える。
派遣社員、フリーター、親子の断絶、こういう言葉が共通項のようであるが、その最大公約数的な言葉は小林多喜二の「蟹工船」だと言えるだろう。
プロレタリア文学の代表作だと言われるこの小説が、就職氷河期世代の共感を呼んで、今、ブームだと云う事は多くの方が知っておられるだろう。
「蟹工船」が発表された昭和4年(1929年)1月に、日本は緊縮財政と金解禁により、昭和恐慌に突入していた。
翌昭和5年には、映画「大学は出たけれど」(監督小津安二郎)が大ヒットした。
当時の大学出は、現在とは違いエリート中のエリートを意味していた。そのエリートの就職率も、昭和5年41.8% 昭和6年40.7% 昭和7年39.6%(当時の内務省社会局調べ)と惨憺たる有様であった。
ニートとかフリーターと呼ばれる就職氷河期の世代が「蟹工船」に共感や連帯を
覚えるのは、この時代背景が共通していることにあるのだろう。
そして今年の就職戦線が売り手市場であると聞いて、この世代が面白く思うはずがない。
拡大していると言われた日本の景気も、国民がその実感を得ないまま過ぎ、再びサブプライムローン問題に端を発した世界的な景気後退が、日本経済に影響を与え始め、先行きは暗い。
事件を起こした犯罪者を庇うつもりも、擁護するつもりもない。
だが事件は時代の世相を反映するものだ。昭和の高度経済成長期時代にも殺人事件はあったし、若者の犯罪もあった。
だが、犯罪の質とか背景は、昨今の事件とは明らかに違った。
では世相のどこが、何が違っているのだろうか。
それははっきり言って経済である。
高度成長時代には一億総中流意識を持てた。それは決して暗い話ではなかった。
だが、構造改革を獅子吼した小泉首相が登場し、郵政民営化が改革の本丸と言う
奇妙なレトリックで国民を催眠術にかけた。
改革に伴う痛みを我慢すれば、その後に安寧な日が訪れるはずだが、現れたのは格差社会であった。そして非正規社員を主とするワーキングプワーと呼ばれる層が膨らんできた。
その一方では高級ワインの薀蓄(うんちく)を語る首相の口から、他人事のように、消費税増税の話が出てくるのである。
政策の是非は別として、日本列島改造論には夢があった。所得倍増論も資産倍増
論も国民が豊かになることを掲げていた。
それに対して、次々と出てくるのは年金問題や後期高齢者医療制度など、暗い未来を暗示する話である。加えて居酒屋タクシーや、巨額な道路建設の話などである。
国民には明るい未来は見えない。
30代前後になり、安定した仕事に就いていなければ、将来に不安を感じるのは当然である。
自民党政治には、エコノミーはあっても経済はない。
日本だけが依然としてエコノミーといわれるものにしがみついている、と欧州では笑われているらしい。
若者が、今なぜ「蟹工船」なのか。
ベルリンの壁が崩れ、ソ連邦が瓦解し、修正資本主義経済は捨てられ、資本家は「蟹工船」時代に先祖帰りした。
若者達は、蟹工船で働く労働者と自分の身とを重ねているのだ。
信じていた駆逐艦(=政府与党)に裏切られたことを知り、自己責任を突きつけられ、「政治や社会が悪い」と言えない大人しい羊の群から、ある日落ちこぼれた一匹の羊が暴走するのである。
ある日「何より力を合わせることだって。それに力を合わせたらどんなことが出来た
か、ということも分っている筈だ」(「蟹工船」より)との若者の声が巷に溢れる時代を創ろう。
その為には、選挙に行こう。もう落ちこぼれた羊にはなるな。若者よ!
*オリーブニュースのコメントを転載し、一部編集
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日本の経済がダメ=日本の政治がダメ
参政権のない在日外国人の気持ちに立ち代って、次回の衆議院選挙にぜひ若者が参加してほしいと思うしだいである。
選挙に参加しなくても、選挙に参加した人たちが選んだ政治家が、この日本を動かすことを忘れてはいけない。
自分で政治家を選んでいないのに、政治や経済に文句を言うのは筋違いである。