WEB系技術電脳日記 -244ページ目

テレビうんざり(´・ω・)ス

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テレビがどうもウンザリ(´・ω・)ス
正月用やビデオ借りてくる。

そんな夜(´・ω・)ス



iPhoneからの投稿

流れよ我が涙、とジャンクサーバは言った(´・ω・)ス

WEB系技術電脳日記

これはとある、激安パーツで組むテストサーバーの記録(´・ω・)ス

パーツ構成はG550/B75M-D3H/バルク4GM
ケース余り物。電源玄人志向のKRPWG2550W
しめて、15,000円、もちろんCentOS
用途はテスト用のWEB鯖と・・・まさかのデスクトップ用途。
え?ジャンクのマシンで?、
いえ、ちゃんと組む(´・ω・)ス

机の上がすごく散らかる(´・ω・)ス

WEB系技術電脳日記 14:00 パーツ組み立て、余りケースで行く
14:10 ストレージ部分は取り外しおkなように余りのHDDケースをぶち込む。
14:30 CentOSインストール開始、BootでCD選択で何度か読み込みができない状態が発生
    焼きが甘かったか。
14:31 LANケーブル無い事に気づく。 
    急いで作る。
Disk sda contains BIOS RAID metadata, but is not part of any recognized BIOS RAID sets
nodmraidのオプションが必要か。
Tabでオプションだして、nodraid 加えて進める。

14:45 LANケーブルも完成。ぐっさり刺す。
14:47 ウィザード 余りHDDなので、フォーマット開始
14:48 ディスクトップ用途でインスコ
14:49 光らせる目的で倉庫からLEDファンを持ってくる
14:50 やばいCDROMなんだか音が・・インストールだけ、頑張ってくださいと声をかける。
14:55 パッケージインスコ中にCDのガリガリ音が半端ない。
    先日落としたり投げたりしたのを反省する。
    コーヒー飲もう、うん、そうしよう。淹れてる間に収まってるはず・・・・
15:03 ブートローダーまで来た。
15:04 インストール完了。再起動GoG
15:05 なにはなくともyum update    
15:06 あ、GUIだったウィザードまた始まる。 kdump有効にしておく。128kb
15:10 インストール完了。今度こそyum update エラー 有線での実行可能で、再度。おk
15:14 ガンガンインストール行く。 

さて、あとはサービスをチマチマ登録するか。
 そんな、1時間で完成した激安サーバーの記録(´・ω・)ス





鯖パーツ捕獲へ

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やはり鯖用パーツが足らず。
秋葉原へ行こうとかと思ったが、
電源やら重たい物を持って....だと
体調的に車内で倒れそうなので、
車でPCデポに。

そんな記録(´・ω・)ス


iPhoneからの投稿

復活(´・ω・)ス

昨夜は良く寝た(´・ω・)ス
起きて掃除。

もう今年も今日で終わり(´・ω・)ス
まずはPC掃除やらサーバ構築やら。

そんないつもと変わらない毎日(´・ω・)ス


とりあえず、休む(´・ω・)ス

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とりあえず、薬(´・ω・)ス
休む(´・ω・)ス



iPhoneからの投稿

経営と技術主義という事(´・ω・)ス

WEB系技術電脳日記
中島知久平は機関大尉だった海軍を任期途中での退官。
群馬県の尾島に飛行機研究所を設立、
当時は民間航空機メーカーは殆どなく国内で2社目。
中島には金がなく、色々出資してもらう。
ところが、出資者の石川家が他の事業で
破産し、石川家の財産管理を行った関係で、
神戸の富豪、川西清兵衛が出資続けて経営に参加。
川西が社長、中島は所長となる。

川西清兵衛は石炭石油の問屋の婿養子で
商魂たくましいタイプ、そして飛行機にはまったくの素人
一方、中島は元軍人で技術主義でかつ現場主義。
大胆でリスクなぞイケイケの中島は勝手に社印を持ち出して、
アメリカ製エンジンを買い付けるなど行い、
そして中島は当時東京-大阪間で郵便物を運ぶレースに
社員総動員で優勝をしたりする。

商売優先の川西とドンドンを社内で対立を深めていき、
頭に来た川西は中島を追い出す事にする。
お前!所長を辞めろゴラァ!
辞めないなら 俺は手を引くから出資したこの工場を買い取れゴラァ!
支払い期限は3日だかんな!!

一方的に解雇通告をする。

買収金は12万円、
当時総理大臣の月給は1000円の時代。
今の価値でいうと3億円以上。
川西は海軍技術士官あがりの田舎者中島には用意できんだろうと。
それより将来有望のこの事業は続けたいという気持ちで、
工場は川西名義にしており、引き続き経営していくつもりだった。

だが、中島は飛行機の受注先軍部、井上中将の支持確定し、
地元の武藤金吉代議士にお金の都合を付ける。
そしてその後、中島は工場を買い戻し、
1919年(大8)12月26日社名を再び、中島飛行機製作所と変更。
三井物産と提携し、三井物産が販売を歩合で売り込み、
中島飛行機製作所は拡大していく。
参照:
飛行機王・中島知久平 (講談社文庫)
中島知久平―軍人、飛行機王、大臣の三つの人生を生きた男

それほど詳しくない人でも太平洋戦争時に活躍したゼロ戦こと、
零式艦上戦闘機の事は知ってると思う(´・ω・)ス
この中島氏が拡大できたのは、その人柄という部分で、
それは後の富士重工にイデオロギーが繋がれていたり。
晩年、中島は政界に進出するが、一貫して技術や知識に生き、
権威だの政治的野心は無く坦々と航空機の発展に捧げたとも。

私が思うには、この川西氏がそのまま経営に携わっていたら、
そこまで拡大は出来なかったと思う。
それは川西氏が技術者を引きぬいて
川西氏が作った川西航空機(現在の新明和興業株式会社)と、、
中島飛行機製作所(現在の富士重工)を見れば明らか(´・ω・)ス

従業員全員が技術志向主義、そして元軍人だったから、
そこまで販売確約が取れたのもある。
だが、経営っていう面で考えれば、
ヘタしたら倒産していたリスクもあり、
現在の考え方であれば、当然(´・ω・)ス

当然資本が必要だが、技術だけではダメだし、
技術なんか買ってヤラせればいいみたいな考えもダメで、
そんな事を考えた記録(´・ω・)ス

さて、作業する(´・ω・)ス

今朝、帰宅し少し休み、
これから作業(´・ω・)ス

毎年年末はしっかり籠って作業。
今年はC#絡みとサーバー絡み。
去年はたしかこの日あたりにパーツを買い込み

いつも仕事で秋葉原行くが、
たまには趣味で、パーツ買ってくるかな。

そんな夜、考えた記録(´・ω・)ス

朝(´・ω・)ス

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なぜだか、プロ格闘家と飲んでる朝(´・ω・)ス



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(´・ω・)ス


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(´・ω・)ス

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(´・ω・)ス



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