新宿のGAP前で初めて彼と出会った。

当時オイラと龍一はスケボーにはまっていて、「超上手い奴が居るんだ」と紹介された。

細い身体に整った綺麗な顔をした少年。
それがオイラの第一印象だった。


深夜に代々木でよく3人で滑ってはバカ騒ぎしていた。

いつかはBANDがしたい。
彼は音楽に対しての夢を話した。


それから1年後彼は龍一と共に「RadioFoundation」を始動する。

仲間内では普段、のほほんとした雰囲気に笑顔のイメージの彼が最初のライブでとても緊張しているのが可愛かった。

照れながらMCでしゃべる彼と叫びに近い彼の歌声を今も覚えている。


BANDはいつの間にかクアトロワンマン600人を埋める程の人気になっていた。

その時のライブもオイラには鮮明に残っている。

メンバー全員が輝いている、荒削りに見えてとても繊細な楽曲達。
こだわりと情熱が溢れ出たステージ。

最高のライブだった。

必ずこれからもっと大きな舞台に出て行けると思っていたし、オイラもいつか一緒に仕事が出来ればと将来に夢を馳せていた。


宮奥謙馬2009年7月12日永眠。


24歳の若さで彼は肉体から出て行ってしまった。

このblogに書く事を何度か躊躇ったのですが、彼の生き方を少しでも多くの人に伝えたかったので書きました。


彼はいつでも、どんなときでも自分の夢や興味にとても真っ直ぐな人だったと思います。

「今日は死ぬのにもってこいの日」

いつ死んでも悔いの無い生き方と言う意味の込められた言葉ですが、彼はどうだったのだろう。

きっと、まだまだ上を目指していたし、やり残した事だってあったかもしれない。

けれど彼を思い出す度に「後悔」という言葉は見えてきません。

いつもその時その時が一生懸命な人でした。

音楽も遊びもダラダラと過ごす時間さえもエネルギーと自信が溢れた人でした。


仕事や人間関係、自分の将来。

様々な事で病んでいる人が多い時代に真っ直ぐに生きた人。

いつだって綺麗で輝いた、純粋な心を持った人。

沢山の人に惜しまれながら亡くなった彼の生き様を10分の1でも100分の1でも皆の精神に刻んで欲しい。

「今日は死ぬのにもってこいの日」-Radio

きっと今も彼の魂は唄を叫んでいると思う。