武田信玄は、合戦の時、一方だけは開けていたといわれる。

 

相手の兵に逃げ道を作るためだ。

 

あまり追い詰めすぎると相手の兵は逃げ場を失い、逆に士気が上がってしまうからだ。

 

あんまり相手を追い詰めすぎると碌な結果にならないということを彼は熟知していたのだろう。

 

もうひとつ、武田信玄は本来は人を殺すのが嫌いだったのだろう。

 

 

第一次世界大戦のあと、戦勝国がドイツに多額の賠償を命じ、そのためドイツの景気は物凄く悪化した。

 

ナチスのヒットラーは景気をよくするための政策を実行し、国民の熱狂的な支持を得た。

 

そしてヒットラーは絶大な権力を手にし、人類にとって不幸な結果になった。

 

 

やはり、あんまり相手を追い詰めすぎると碌な結果にならない。