大覚和尚の人生楽笑

大覚和尚の人生楽笑

お寺離れが叫ばれている昨今、僕はいかに次の世代までお寺を存続させるかを課題に過ごしています。伝統を守りながらも時代に合わないものは変えていかなければ生き残れないと考えます。
このブログもその一環です。

何度、都会の寺院に憧れた事か…

自然に囲まれた静寂な寺院とは、実際は年間通して終わりなき落ち葉との戦いだ!

何度も、山を恨み、木を恨んだことか

理想はコンクリートジャングル

掃除が嫌なわけではない

あ〜修行が足りないだけか?

薮蚊との戦いに敗れた拙僧のぼやき

普段使わない筋肉が悲鳴を上げた…

潔癖症にはしんどい作業だ…

それでもやるのが禅僧か

道元禅師様は「人の為に善い事をする際に人に善いと思ってもらえたり、

喜ばれようと思ってするのは、悪事をするよりは善いけれども、

結局自分の事を考えての行動であるので、人の為に本当に善い事ではない。

知られなくても、人の為に都合の良いように、未来の事を誰のためになるわけでは無いが、

誰かの為にはなるように善い事をしておくことが、本当の人のために善い事である」とお示しくださっています。
「よく思われたい」「認められたい」という思いは、ごく自然なものではありますが、

その思いにとらわれると、善い行いもまた自分の為のものとなってしまいます。
あらためて心がけたいものです。



 

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」・・・マッカーサー

 

最近あった仕事で思った

 

いい歳のジジイ(敬意をこめて)が、肩書で偉そうに

 

顔・態度に滲み出てます

 

こういった類の人は「言ってもわからない」でしょう

 

まわりが気を利かせてるのが気が付かないかな~

 

だから今の時代にあったように改善されないんだよな

 

定年したら

 

もう好きな事やればいいんじゃない??

 

いつまでも肩書に執着するのはやめよう

 

ただの「ジジイ」で余生をエンジョイ!

AIによる概要では、

親友は「互いに親しく信頼し合っている友人」という一般的な関係を指し、

心友は「心から信頼し合い、理解し合っている親友以上の存在」という精神的な深さを強調する表現です。

一般的に、親友は対等な関係、心友はより魂レベルで繋がったかけがえのない存在と解釈されています。

 

昨夜、何気なく心友Dが「心友」について深いラインを送ってきた。

内容はともかく、3歳からの腐れ縁。

かれこれ44年の付き合いになるが、これにも意味があり、

こうして今でも離れてはいるが切磋琢磨しあえる仲でいられることに感謝だな。

大好きだよ!!大ちゃん

 

 

もう少し幼稚園が終われば時間があくと思っていたのだが、、

浅はかな考えだったようで

園舎内の大片付けに集中しようとしても檀務が入ったりで

なかなか思うように進んでいない今日この頃です

むこう1週間はほぼ毎日何かしらのスケジュールが入っており頭を悩ませております

園舎の片付けは今月中に終わればいいことなのでね

同時に、いろいろな契約解除等の事務処理もまだまだあります

一個一個確実に行わないとミスが出そうで怖いところでもあります

肉体的にも筋肉痛、事務仕事的にも頭から煙が、、、

 

ただ

 

精神的には疲れなくなっている!!!

 

間違いない

 

やはり「命」を預かる責任っていかに大変な事かを実感中です

 

園児のケガ・事故等や

 

保護者対応

 

園外対応

 

職員管理・育成等々

 

やりがいは間違いなくありますが

 

毎日、寝ても覚めても「責任」と言うものは離れません

 

そうは言っても、それも含めて「やりがいのある仕事」ではあったんだなとも思う

 

独りぼっちになって絶賛実感中

 

さぁ、法事の準備しましょ

 

良い休日をお過ごしください!

 

チャオ~~~

 

 

 

【水滴々(みずてきてき)】

*一滴の水も、やがて、大河になり、海になる。水の雫も、大河も、水であることに変わりはない。

 

一滴の水が海に注ぎ込むまでには紆余曲折があります。小さな川だったり、緩やかな流れだったり、急流になったり、滝を下ったりとその様は人生にも似ているとのことで、どんな状況でも、そこで自分をしっかり持って楽しむことを説かれていました。

他にも、一滴の水を毎日に小さな積み重ねと例えて、こつこつと続けていくことが大きな成果につながるという意味として説明されている方もいました。

どちらにしても、紆余曲折の人生で、自分を見失わずに、小さな積み重ねの努力を続けていくことの大切さや心のありようを説いているのだと思います。

今シーズンモデル

早く乗りたいのは山々ですが…

樹脂が固まりきるまであと2週間は我慢我慢

テールのしぼりもいい感じ!

お彼岸の季節となりました。

お彼岸の風習は数ある仏教国の中でも、特に、わが国において根付きました。
この背景には、農耕民族特有の太陽に対する信仰や浄土教が発展したことによって(太陽が真西に沈む)春分・秋分に対する思いが深まったことなどがあるとされますが、ともかく、私たちに身近な習慣として定着している仏教行事と言えましょう。

「彼岸」とはお釈迦さまがおさとりになられた世界のことを言います。煩悩の塵にまみれた私たち衆生の生活とは異なる理想的な世界であるため「彼の岸(大河の向こう側の世界)」と表現するのです。
道元禅師、瑩山禅師は、仏道修行を行じることで、私たちが暮らすこの世界に「彼岸」を築くことを教示なさいました。お彼岸の1週間、仏さまの世界に想いを寄せ、「彼岸」に安住する亡き人びとをご供養するとともに、日々の生活を調え、改めて、自らの生き方をかえりみる期間としたいものです。

 

合掌


 

大馬鹿野郎!!!

 

教育委員会(行政)ね

 

普通に考えたら献立表作成の段階でチェックすればわかるでしょう

 

「3月11日の献立赤飯」ってなってたら

 

「それは別日にお祝いの献立にしよう」ってね

 

他人任せ?チェック体制がなってないだけか、、、

 

なんにせよ

 

食べ物を粗末にするなんて言語道断

 

苦情電話1本でやめるんなら最初からそんなお祝いメニューなんでかんがえるなよ!

 

世の中おかしい方向にいってしまっているね

 

何が正義か??

 

何が正しいのか???

こうなってくると

 

教育は「何もしない」のが正解なのかと思う今日この頃

 

本当の教育は「各ご家庭に委ねます」でいいのでは??

 

教育はともかく

 

死んだ婆さんが言ってたよ!!

 

「食べ物を粗末にする奴は罰があたるよ」ってね

10月から3月までは朝も暗いので週末のみ。

もう5時45分には入水できるくらい明るくなってきたので、今朝から今シーズンインとしよう!!

体重も落としたし、台風スウェルに対応できるようにぼちぼちやっていこうと思う今日。