何度、都会の寺院に憧れた事か…
自然に囲まれた静寂な寺院とは、実際は年間通して終わりなき落ち葉との戦いだ!
何度も、山を恨み、木を恨んだことか
理想はコンクリートジャングル
掃除が嫌なわけではない
あ〜修行が足りないだけか?
薮蚊との戦いに敗れた拙僧のぼやき
普段使わない筋肉が悲鳴を上げた…
潔癖症にはしんどい作業だ…
それでもやるのが禅僧か
もう少し幼稚園が終われば時間があくと思っていたのだが、、
浅はかな考えだったようで
園舎内の大片付けに集中しようとしても檀務が入ったりで
なかなか思うように進んでいない今日この頃です
むこう1週間はほぼ毎日何かしらのスケジュールが入っており頭を悩ませております
園舎の片付けは今月中に終わればいいことなのでね
同時に、いろいろな契約解除等の事務処理もまだまだあります
一個一個確実に行わないとミスが出そうで怖いところでもあります
肉体的にも筋肉痛、事務仕事的にも頭から煙が、、、
ただ
精神的には疲れなくなっている!!!
間違いない
やはり「命」を預かる責任っていかに大変な事かを実感中です
園児のケガ・事故等や
保護者対応
園外対応
職員管理・育成等々
やりがいは間違いなくありますが
毎日、寝ても覚めても「責任」と言うものは離れません
そうは言っても、それも含めて「やりがいのある仕事」ではあったんだなとも思う
独りぼっちになって絶賛実感中
さぁ、法事の準備しましょ
良い休日をお過ごしください!
チャオ~~~
【水滴々(みずてきてき)】
*一滴の水も、やがて、大河になり、海になる。水の雫も、大河も、水であることに変わりはない。
一滴の水が海に注ぎ込むまでには紆余曲折があります。小さな川だったり、緩やかな流れだったり、急流になったり、滝を下ったりとその様は人生にも似ているとのことで、どんな状況でも、そこで自分をしっかり持って楽しむことを説かれていました。
他にも、一滴の水を毎日に小さな積み重ねと例えて、こつこつと続けていくことが大きな成果につながるという意味として説明されている方もいました。
どちらにしても、紆余曲折の人生で、自分を見失わずに、小さな積み重ねの努力を続けていくことの大切さや心のありようを説いているのだと思います。
お彼岸の季節となりました。
お彼岸の風習は数ある仏教国の中でも、特に、わが国において根付きました。
この背景には、農耕民族特有の太陽に対する信仰や浄土教が発展したことによって(太陽が真西に沈む)春分・秋分に対する思いが深まったことなどがあるとされますが、ともかく、私たちに身近な習慣として定着している仏教行事と言えましょう。
「彼岸」とはお釈迦さまがおさとりになられた世界のことを言います。煩悩の塵にまみれた私たち衆生の生活とは異なる理想的な世界であるため「彼の岸(大河の向こう側の世界)」と表現するのです。
道元禅師、瑩山禅師は、仏道修行を行じることで、私たちが暮らすこの世界に「彼岸」を築くことを教示なさいました。お彼岸の1週間、仏さまの世界に想いを寄せ、「彼岸」に安住する亡き人びとをご供養するとともに、日々の生活を調え、改めて、自らの生き方をかえりみる期間としたいものです。
合掌
大馬鹿野郎!!!
教育委員会(行政)ね
普通に考えたら献立表作成の段階でチェックすればわかるでしょう
「3月11日の献立赤飯」ってなってたら
「それは別日にお祝いの献立にしよう」ってね
他人任せ?チェック体制がなってないだけか、、、
なんにせよ
食べ物を粗末にするなんて言語道断
苦情電話1本でやめるんなら最初からそんなお祝いメニューなんでかんがえるなよ!
世の中おかしい方向にいってしまっているね
何が正義か??
何が正しいのか???
こうなってくると
教育は「何もしない」のが正解なのかと思う今日この頃
本当の教育は「各ご家庭に委ねます」でいいのでは??
教育はともかく
死んだ婆さんが言ってたよ!!
「食べ物を粗末にする奴は罰があたるよ」ってね