大覚和尚の人生楽笑

大覚和尚の人生楽笑

お寺離れが叫ばれている昨今、僕はいかに次の世代までお寺を存続させるかを課題に過ごしています。伝統を守りながらも時代に合わないものは変えていかなければ生き残れないと考えます。
このブログもその一環です。

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」・・・マッカーサー

 

最近あった仕事で思った

 

いい歳のジジイ(敬意をこめて)が、肩書で偉そうに

 

顔・態度に滲み出てます

 

こういった類の人は「言ってもわからない」でしょう

 

まわりが気を利かせてるのが気が付かないかな~

 

だから今の時代にあったように改善されないんだよな

 

定年したら

 

もう好きな事やればいいんじゃない??

 

いつまでも肩書に執着するのはやめよう

 

ただの「ジジイ」で余生をエンジョイ!

AIによる概要では、

親友は「互いに親しく信頼し合っている友人」という一般的な関係を指し、

心友は「心から信頼し合い、理解し合っている親友以上の存在」という精神的な深さを強調する表現です。

一般的に、親友は対等な関係、心友はより魂レベルで繋がったかけがえのない存在と解釈されています。

 

昨夜、何気なく心友Dが「心友」について深いラインを送ってきた。

内容はともかく、3歳からの腐れ縁。

かれこれ44年の付き合いになるが、これにも意味があり、

こうして今でも離れてはいるが切磋琢磨しあえる仲でいられることに感謝だな。

大好きだよ!!大ちゃん

 

 

もう少し幼稚園が終われば時間があくと思っていたのだが、、

浅はかな考えだったようで

園舎内の大片付けに集中しようとしても檀務が入ったりで

なかなか思うように進んでいない今日この頃です

むこう1週間はほぼ毎日何かしらのスケジュールが入っており頭を悩ませております

園舎の片付けは今月中に終わればいいことなのでね

同時に、いろいろな契約解除等の事務処理もまだまだあります

一個一個確実に行わないとミスが出そうで怖いところでもあります

肉体的にも筋肉痛、事務仕事的にも頭から煙が、、、

 

ただ

 

精神的には疲れなくなっている!!!

 

間違いない

 

やはり「命」を預かる責任っていかに大変な事かを実感中です

 

園児のケガ・事故等や

 

保護者対応

 

園外対応

 

職員管理・育成等々

 

やりがいは間違いなくありますが

 

毎日、寝ても覚めても「責任」と言うものは離れません

 

そうは言っても、それも含めて「やりがいのある仕事」ではあったんだなとも思う

 

独りぼっちになって絶賛実感中

 

さぁ、法事の準備しましょ

 

良い休日をお過ごしください!

 

チャオ~~~

 

 

 

【水滴々(みずてきてき)】

*一滴の水も、やがて、大河になり、海になる。水の雫も、大河も、水であることに変わりはない。

 

一滴の水が海に注ぎ込むまでには紆余曲折があります。小さな川だったり、緩やかな流れだったり、急流になったり、滝を下ったりとその様は人生にも似ているとのことで、どんな状況でも、そこで自分をしっかり持って楽しむことを説かれていました。

他にも、一滴の水を毎日に小さな積み重ねと例えて、こつこつと続けていくことが大きな成果につながるという意味として説明されている方もいました。

どちらにしても、紆余曲折の人生で、自分を見失わずに、小さな積み重ねの努力を続けていくことの大切さや心のありようを説いているのだと思います。

今シーズンモデル

早く乗りたいのは山々ですが…

樹脂が固まりきるまであと2週間は我慢我慢

テールのしぼりもいい感じ!

お彼岸の季節となりました。

お彼岸の風習は数ある仏教国の中でも、特に、わが国において根付きました。
この背景には、農耕民族特有の太陽に対する信仰や浄土教が発展したことによって(太陽が真西に沈む)春分・秋分に対する思いが深まったことなどがあるとされますが、ともかく、私たちに身近な習慣として定着している仏教行事と言えましょう。

「彼岸」とはお釈迦さまがおさとりになられた世界のことを言います。煩悩の塵にまみれた私たち衆生の生活とは異なる理想的な世界であるため「彼の岸(大河の向こう側の世界)」と表現するのです。
道元禅師、瑩山禅師は、仏道修行を行じることで、私たちが暮らすこの世界に「彼岸」を築くことを教示なさいました。お彼岸の1週間、仏さまの世界に想いを寄せ、「彼岸」に安住する亡き人びとをご供養するとともに、日々の生活を調え、改めて、自らの生き方をかえりみる期間としたいものです。

 

合掌


 

大馬鹿野郎!!!

 

教育委員会(行政)ね

 

普通に考えたら献立表作成の段階でチェックすればわかるでしょう

 

「3月11日の献立赤飯」ってなってたら

 

「それは別日にお祝いの献立にしよう」ってね

 

他人任せ?チェック体制がなってないだけか、、、

 

なんにせよ

 

食べ物を粗末にするなんて言語道断

 

苦情電話1本でやめるんなら最初からそんなお祝いメニューなんでかんがえるなよ!

 

世の中おかしい方向にいってしまっているね

 

何が正義か??

 

何が正しいのか???

こうなってくると

 

教育は「何もしない」のが正解なのかと思う今日この頃

 

本当の教育は「各ご家庭に委ねます」でいいのでは??

 

教育はともかく

 

死んだ婆さんが言ってたよ!!

 

「食べ物を粗末にする奴は罰があたるよ」ってね

10月から3月までは朝も暗いので週末のみ。

もう5時45分には入水できるくらい明るくなってきたので、今朝から今シーズンインとしよう!!

体重も落としたし、台風スウェルに対応できるようにぼちぼちやっていこうと思う今日。



あなたに贈る言葉


あなたの遠足は、もう始まっている。

今までは、お父さん、お母さん、先生が、

優しく、あたたかい手をつないでくれました。

でも、明日からは一人で歩くのです。

明るい朝日。美しい夕日。きれいな花園。

そして、いばらの道。

みんな1人で歩いて行く道です。

苦しくても、辛くても、頑張ろうね!


いよいよ今週末には卒園式・閉園式

備忘録として

今から7年前に(準備からすると9年前)、自治会長会議の場で「三ヶ日町の教育改革」を提言した

簡単に言えば、もうすぐにでも町内小学校4校と中学校1校を統廃合するべきだと

結果、他人事(*自治会長任期は1年、自身の時には面倒なことはやりたくない)としてスルー

10年あれば改革できたはず!!

うまく進んでいれば今頃、幼保小中・行政・老人団体・警察交番が同じ複合施設校舎が完成して、全国的に話題になり、新しい縦割り・大人も絡んだ教育施設として生まれ変わったと思っている

ここまで変えたかった!そこまで動かす力が自分にはなかったのが悔やまれる

あれからすでに人口も1000人以上減少して13000人を切った

ここにきてやっと少し動きが見えてきたように思えるが

拙僧の見方としては無理があると思う

これが三ヶ日町の現状だということを受け入れなければならない

もちろん頑張って改革に動いている方もいることは知ってほしい

では、この先どうなるのか??

個人的な考えとしては、このまま「現状維持」であろう

そしていよいよ困って、そこからやっと行政へ陳情

その時にはすでに遅し

行政主導で三ヶ日町が理想とする教育改革はできない

これから生まれてくる子どもたちが散々な思いをするはめになる

そうさせたくない親御さんは三ヶ日町に見切りをつけて町外へ出ていく

結果的に「衰退」「限界集落」へとなっていく

こんなんでいいのか!!三ヶ日町!!!

三ヶ日町の若者たちよ!

世界は広いぜよ!!

早いうちから外へ出ていきんよ