半月板損傷診断から早1週間
脳裏には「手術」がつきまとい
日常生活では微妙な痛みがあったり
昨日、お経で正坐をしてみたら、、、
痛くなるという
何ともテンション上がらず
若干凹み具合がおおきい今日この頃です
備忘録
「お寺の奥さん(寺族)は留守番」そんな時代はとうの昔。
寺院の大小関わらず、これから先の寺院経営をしていくなかで寺族と言う立ち位置を考えていかなければならないと思っている。
昭和時代のように大奥のような寺族、
お寺はこうあるべき論を言う寺族、
住職より前にでる寺族、
目立ちすぎる寺族、
上記の寺族を全否定するつもりはないが、もはや時代が変わった。
これからの「生き残れる寺院」を作るには寺族と言う肩書きはもうナンセンスじゃないか?
お寺は空けてはダメだとか、住職不在の時に寺族が対応しなければダメとかではなくて、これからは全て住職だけで成り立つ(運営)方法を考える方がいいのでは?と思うのは拙僧だけか…
全国何万ヶ寺とある寺院。それぞれの運営方法があると思う。
だから何が正解かはわからないが、当山としてはこれから先は寺族に頼ることがない経営を目指したい。
お檀家様にはご不便をお掛けするかもしれないが、拙僧ひとりでやっていく事をしっかりと説明していこうと思う。
なんだかよくわからない文章になってしまった。悪しからず。
お仕事いってらっしゃいませ!
行為の意味 宮澤章二
あなたの〈こころ〉はどんな形ですか ?と
ひとに聞かれても答えようがない
自分にも他人にも〈こころ〉は見えない けれど
ほんとうに見えないのであろうか ?
確かに〈こころ〉はだれにも見えない
けれど〈こころづかい〉は見えるのだ
それは 人に対する積極的な行為だから
同じように胸の中の〈思い〉は見えない
けれど〈思いやり〉はだれにでも見える
それも人に対する積極的な行為なのだから
あたたかい心が
あたたかい行為になり
やさしい思いが
やさしい行為となるとき
〈心〉も〈思い〉も 初めて美しく生きる
それは 人が人として生きることだ
今年のお盆はエンドレスで浜田麻里を聴きまくって頑張ってます!
プロというのは、その道のスペシャリストでなければなりません。
目の前の仕事に責任を持ち、それを完遂させるために粘り強く全力を注げる人こそが、プロとしての資質を持ちます。
常に精神面・体力面において最良の状態を維持し、かつ向上のための努力を欠かすことができません。
目の前の仕事に対する責任や、自らにのしかかってくるプレッシャーと向き合うことが求められます。
「プロ」と「プロ意識」とは、似て非なる言葉です。職業としてはプロであっても、プロ意識を持てない人もいれば、アマチュアであってもプロ意識の高い人もいます。
仕事に置き換えれば、プロ意識のない正社員もいれば、プロ意識の高いアルバイトもいるといった具合です。
自らが関わっている仕事やプロジェクトにおいて最善を尽くし、当初の期待値を上回るパフォーマンスを発揮できる人が「プロ」であり、そのためにどうすべきか考えて向上心を持ち続けることが「プロ意識」です。
プロ意識の高い人は、成功するか失敗するかを考える前に、第三者からの期待値をどれだけ上回ることができるかをいつも意識しています。だからこそ、人の人生に影響や感動を与えることもできるのです。
結論、何よりもプロ意識を持ち続けることが求められます。
(Be a Professional)