室長室で薪は頭を抱えていた。

葉の香り

遠い昔、たくさんの香りを嗅いだ記憶がおぼろげながらある。


でも、あんな香りは…


「チベットに自生する、人を狂気に陥れる葉ですよ。ただ、人によってどんな化け物になるかわからない…例えば、貝沼のような…」


青木が言った


「貝沼?」


青木の顔が曇り
「あの惨劇さえ、忘れてしまったとは…」


貝沼…

薪に記憶はないが、心に大きなトゲが刺さる気がした。


「それと、薪さん」


「何だ?」


「あの天使はこの上ない、いわば 潔癖症ですよ」

「それがどうした?」


「私が以前、お仕えした方の人生をうまい具合に翻弄し、多くの人間をいとも簡単に殺した。…

悪魔の真似事をしたがる馬鹿ものです。

けして、近づいてはいけません」


「あいつも悪魔か?」


「いいえ、天使ですよ。」


天使…


「なぜ…」


「やつの口癖…不浄で消せ!とんだ潔癖症だ」


「まさか…あの女やあの司祭たち…」


「おそらく、やつです」

青木は目を赤くし


しかも、最上級に仕上げた私の美しい魂を その記憶を消し去った。


「お前が支えた主人とは誰だ」


「あなたによく似た方でした。」


そう、失ってしまった、私の宝…

私の坊っちゃん


しかし、その魂とそっくりの人間に会えるとは…

長生きするものだな

鈴木は客室ロビーで待っていた。


薪を見て
「久しぶりだ。元気か?」

「あの、あなたとの交流の記憶は僕にはないですが」


鈴木は後ろの青木を見た。

青木は勝ち誇った顔で…

「今日はどんなご要件でしょう」


天使様、息子が見えます!
ああ、何と立派になって
生き延びたのね。


「あなたのお母様が、これを…」


ポケットから葉を出した。

「良い香りがします。かいで見てください」


「薪さん!いけません!」

間に合わず、薪はかいだ。

青木が葉を取り上げた。

「どうした?青…」


うぐ…


鈴木は微笑み
「どうしました?薪さん」

青木が
「本物の葉をどこで!」

「さぁ…」


「チベットだ…」
苦しみながら、薪が言った。

「失礼!」


立ち上がり、ロビーのすみに走りよろけた。


「薪さん!」


薪の髪が真っ赤になった
「あの、女を殺したのはおそらく、僕だ…」


目も赤くなり


「青木、僕に近づくな。お前を食い殺してしまうぐ…」


鈴木が
「人間のやることはかくも残酷なんですよ。お母様。いまや、あなたの息子は完全な吸血鬼だ」


天使様…ああ 何てこと


「薪さん、血を飲めば、衝動は収まりますよ。私ので、良ければ…」


「馬鹿言うな…」


「また、被害者が出ますよ。さぁ」


青木はネクタイを外して、背を曲げた。


薪は苦しみに耐えきれず、青木に抱きつき、首にかぶりついた。


鈴木は青木の予想外の行動に怒り


「悪魔が!汚れたものたちが!いいか、母親の魂は私の中にある。
勝手はさせないぞ!くそ!」


鈴木は去った。


薪の髪は元に戻り

口に血がついていた


「僕が 僕が 吸血鬼…」

涙が頬を伝った。


「大丈夫ですよ…」

「青木…」


「あの女からは、薪さんの痕跡はありません。だから…」


薪を抱きしめた


「また、衝動が起きたらいつでも言ってください。俺の血は飲み放題ですから…」


「生意気いうな。悪魔のくせに…」


薪は検査結果、何の異常もなかった

「一時的なものでしょう。安定剤出して…」


「必要ないです」


薪は立ち上がり、
「青木!いくぞ」

「はい」


第9に戻り

「薪ちゃん!大丈夫なのか!もう仕事なんかしたりして」


岡部が顔を覆っていた


「大丈夫だから来たんです。それに、池内警視 例の女性殺害事件はいまだに解決していないはずでは、ここで油を売っている暇があるならとっととネズミを捕まえてください」


「薪ちゃん そこんところの記憶はあるんだね。あの事件は完全に暗礁に乗り上げちまって…」


「どういうことだ?」


「つまりだ。殺害する時、何らかの痕跡が残るだろう?アザや衣服の乱れ、凶器の種類…それがぜんぜんないんだわ」


薪が
「まさか、そんなことが」

「まるで…」


池内は息を吸い
「魔法使いに殺されたみたいだ」



ヨハン…


ヨハン


天使様、ヨハンに会わせてください


ようやく近くに来たのに
天使様 お願いします どうか、我が愛する息子に

今はダメだ

なぜですの?

あの耐え難い火の熱さからあなたは私を、お救いになられた

でも以来私はあなたの中…

お願いします

あなたの目を通して
せめて 一目

一目 あの子に…


お前にあの子の記憶を見せたではないか

まだ不満か?


とんでもございません

ただ

ただ?


抱きしめてやりたいのです

あの子は、私の為に裏庭の薬草を取って

悪魔の疑いをかけられました

でも、私が魔女だと言って私が火炙りに…


この500年間、あの子の記憶には私を死に追いやった、自責の絶叫が…

抱きしめて
お前のせいじゃないよって
言ってあげたい…



「ま!薪さん!お客様です」


「客でいちいち驚くな、用件と名前は聞いたのか?」


「た! ただ会いたいと な、名前は 鈴木さんって言います しかもそっくり」


「鈴木?どこにでもいる名前じゃないか?何がそっくりなんだ?」


険しい顔で青木が来た


「お共します。薪さん」