502号

今日は教育問題について僕の考えを述べたい。
まず大前提として、大人は子供を殴ってもいいと思う。
ただし感情にまかせてはいけない。
悪いことを理解させるここぞという時だけ。
また、大人は子供に対して内心は冷静でなくてはならない。
何故なら、教育とは、今何がその子に
一番適切かの判断力が全てだからだ。
説得ではなく納得を促す。
叱っても理解してなければ意味がない。
昨今、社会問題になっているイジメだが、
まさに大人の「喧嘩orイジメ」
この判断基準が重要となる。
ちなみに様子見なんてとんでもない。
あくまでもその場で見極め、リーダー(大人)として、
その瞬間に正しい方向へと子供を導かなくてはならない。
後に遡ってあの時の○○はなんて説教するのはもっての他だ。
その時、その行為が人として陰湿だと判断したなら、
バカタレってブン殴ってやることも愛のムチだ。
そもそも週休二日制や、ゆとり教育等、
社会生活を本気で頑張っていない者が作った制度。
僕はそれが始まった頃から、あ~この国の子供は、
怠け者になってしまうと思った。
育てるとは、心を鍛える事。
教育委員会かPTAか、なんか知らないけど、
ツベコベ細かい事を言う貧弱な一部の大人が、
良き先生を少なくしてしまったとも言えよう。
ただし、世の中にはとんでもない教師もいる。
ある日テレビで、生徒の人気投票(評価)が
良き先生の条件などと言っていた。
先生とは師であり生徒は弟子である。
だから大人は子供にとって立派で
尊敬される存在でなくてはならない。
そもそも、何故、学校教育があるのか。
これは随分前にも書いたかもしれないが、
学校とは、子供達が成長し、
社会に出るまでの基礎作りをする場である。
社会で活躍した経験のない者が、
教材だけで子供を育てるなんて不可能だ。
豊富な経験があるから、この場合はこうしろと自信を持って
道標となれるものではないだろうか。
その上で、どうするかの選択はその子の自由。
(悪いことでなければ)
失敗したとしても、それはそれで人としてのコヤシとなってゆく。
話しをもどすが、陰湿なイジメは絶対に許してはいけない。
集団で個を叩くなんてとんでもない。そして、
これは子供の世界に限った事ではない。
大人にもイジメは存在する。
妬みっていうものもあり、その陰湿さはさらに
パワーアップしてると言えるだろう。
でも、その理不尽さに耐える心の強さも必要だ。
何故なら人間社会、このイジメや妬みは完全に消えないからだ。
ある意味、大小は別として、誰でも持ちあわせている
感情の一部と言えるのかもしれない。
だから、些細なことで敏感に過保護化するのも問題だ。
先程定義した喧嘩かイジメかが争点となる。
ただの喧嘩なら子供間で解決させるのも学び。

最後に、最近話題の国の機関に寄せられる
「死にます」予告の手紙についてだが、
どうも報道では子供に気を使う下手発言が目立つように感じる。
そもそも名前や連絡先も書かずに、
そんな物を送ってくるくだらない甘えを認めてなんかやる必要がない。
僕ならこう言って問う。

いいか!よく聞け。まず意味もなく甘えるな。そしてからかうな。
大人には、君達子供を守る責任と義務がある。
苦しいのなら絶対にどんなことをしてでも助けてやる。
だから連絡先位は教えろ。
でないと、君がどんなに辛かろうが、

まったくもって力になってやれん。
分かるだろ?

そんなことが本当に分からないのなら、好きにすればいい。
僕には子供達の心に響くよう教えてやりたい本質がある。
とても単純なことだ。
それは、人間は弱いからこそ、強くなれるという、
ほんの少しの勇気を持つ尊さである。
僕達大人は愛情深く、そして優しく厳しく
子供達に接していくことを心がけなくてはならない。
最近、つくづくそう思う。
色々議論もある中、肝心なのは、制度より体制。
今の日本の教育環境は、大変な危機を向かえているように
感じるのは僕だけではないはずです。
我々大人が子供達の良き手本となれる様、
しっかりしなければなりませんね。