働いて約35年、私が一生“生涯現場”でいたい理由 | 近藤昇ブログ 仕事は自分で創れ!

近藤昇ブログ 仕事は自分で創れ!

「仕事は自分で創れ!」ブレインワークスグループCEOの近藤昇が、日本とアジアをはじめとするエマージンググローバルエリアに対する思いやビジネスについて発信します。

 

 

“生涯現場”と聞いて皆さんはどんな印象を持つだろうか?

今、長寿社会で“生涯現役”を目指す人は日増しに増えている。

能動的に増えているケースと、長くなった人生を乗り切るために、やや受け身で生涯現役を選択する人もいるだろう。

実は、“生涯現場”という言葉、数年前にあるシニアの方が口癖のように言われていた。とても印象に残っている。


生涯現役も私自身が目指したいところだが、それに加えて生涯現場という響きは、より一層しっくりくるし、ずっと気になっているキーワードだ。


ネットで調べてみても、今のところ、この生涯現場というのはあまり頻繁に使われてはいないようだ。

 


私が、この言葉に惹かれるのは、“現場”という言葉の感覚だ。

この現場の意味は実に多様だ。曖昧とも言える。


私自身のキャリアで言うと、機会がある度に話してきたが、現場と言えば、建設現場である。実際に、建築物を建設する場所だ。

この場合は、本社機能との対比で考えると分かりやすい。本社と現場、これなら一般的に理解が早い。そもそも、この建設工事の現場は普段の私たちの生活シーンに溶け込んでいる。街のどこかで、毎日工事が行われていてニッカポッカに身を包み、工事現場で働く姿には今でもあこがれる。私が現場監督を目指していた理由はそこにある。


別の言い方をすれば、自然の中、四季を直接感じながらする仕事である。暑いときは暑いなりに、寒いときは焚火で暖を取りながら。今でも現場で働いている様子を見ると、現場の人は凄いなと。思う。


もう一つ、私の仕事の経験で言えば、現場は工場である。世の中には実にたくさんの製造工場があるが、ITや業務改善の仕事を長年やってきた関係で、50歳ぐらいまでは色々と工場を視た。国内外で工場を視るのは仕事を離れてもとても好きだ。いわゆる生産現場である。

業種にもよるが、工場の仕組みや機械装置などにも興味があるが、それ以上に整然とラインの中で、人がち密に秩序を守って働く姿や、シンプルな真摯な労働にいつも感心する。


新興国の工場に比べると、言うまでもなく、日本の質は高い。

食品、製鉄、建機、建材、木材加工、お菓子、部品、機械、お酒、ワイン・・・いまだに工場を見学できる機会があるとワクワクする。考えてみたら、私が一番興味がある車はまだ見たことがない。トヨタなどのノウハウをベースに“現場力”というキーワードを使ったビジネス力の向上の書籍も実に多い。



今の私には色々な現場感があるが、私の体に染みついていて原点の現場感は、やはり、親父が農業の現場で働いていた姿だ。

極端に言えば、その頃は、サラリーマンや公務員という仕事が全く想像できなかった。

だから今でも私の労働の原点は農業である。


話は変わるが、三現主義という言葉もよく使われる。

現場、現物、現実である。

問題発生の際に、この三現主義を前提にしないと、適切かつ迅速な問題解決はできない。

それと、最近流行りの“見える化”という視点で考えても、この三現主義が前提である。


ここに登場する現場は、踊る大走査線という人気ドラマの有名なセリフを思い出すと分かりやすい。”事件は会議室で起きているんじゃない!現場で起きているんだ!“織田裕二扮する主人公の叫びは流行語にもなった。仕事はもちろん事件ではないが、事故の場合もある。要するに問題は現場を見ないと分からない。解決の糸口は現場にある。という意味である。

 

20年近く前の話であるが、いまだに記憶に鮮明な“現場”の使い方がある。


某エネルギー会社の販売店のIT活用支援、業務改善支援、顧客満足度の向上支援などを集中的に1年で引き受けたことがある。億単位の仕事であり、私にとっても規模感で初体験であったので、とても骨が折れた。本体の大企業の発注責任者とは今でも付き合いがあるが、その当時は、ピリピリモードで毎日侃々諤々やっていた時の事だ。

彼が“うちの会社は現場がこのオフィスビルにあると思っているんだよね”


このビルとは東京のビジネス街のど真ん中にある高層ビル。彼からしたら、自分の上司の経営層が見ている現場は、ビルの階下の部下がいるオフィスと言う意味だ。

私が引き受けていたのは、顧客と接する現場の改善だったから、実に新鮮でかつ驚きだったのと大企業感覚を肌で感じたのを覚えている。

踊る大走査線そのものだったのである。

 

まあ、現場について書き出すときりがないが、もう一つ現場のイメージがある。

アナログ的である。ということだ。もちろん、ITの世界でもソフトウェアの開発現場という言い方もする。このアナログ的な意味は人が集まっている。というニュアンスだ。

もう一つ私の感覚を加えれば、汗水たらしてということになる。これは先ほど書いた建設現場や第一次産業が当てはまる。

 

そうそう、新興国も日本のような先進国から見たら、現場だと言える。

その場所に行った生活体験や人的交流がないと何も掴めない。

お前来てやってみろ(OKY)と揶揄される世界の話でもある。

 

あと、今私がやっている経営と言う仕事でもよく使う。

社長が現場に出る。現場を視る。現場の仕事をする。

多分、全部肯定的な印象がある。もちろん、大企業の社長が現場に関わるというのは少々大袈裟だ。一方、中小企業であれば、ごく当たり前で、特にプレイングマネージャーのような社長はとても多い。精鋭コンサルタントに言わせれば、現場は現場に任せるべし。というだろうが、それこそ、中小企業の現場を知らない。ということだと私は思う。

こんな風に実に現場と言う言葉は日常で意識せずとも自然に使っている。

 

生涯現役は私にとっては当たり前。どちらかというと生涯現場の方が自分の性分に合っているし、目指すところだ。

もっと、生涯現場感が日本に広がれば、一次産業にしても建設業にしても、現場で働く人に焦点が当たり、彼らの仕事が若者にとってあこがれの職業に戻っていく。


そして生涯現場を目指す人が増え、そしてに日本がより良い方向に向かうのではないかと思う。

そういう意味でも、若者に生涯現場の魅力をもっと伝えていきたいと思う。

 

以上