昭和天皇と同い年で 誕生日は終戦記念日だった 母方の祖母は44歳で夫を病で亡くし、二人の子供を育て上げつつ、町の氏神様と言われる神社を切り盛りして92歳で亡くなるまで、どこか神さまに近いような雰囲気のある人だった。
従妹と私をよく交流させたのも彼女で、その通夜に従妹と二人で祖母の柩のある部屋で眠ったことを思い出す。
この祖母がずっと見守ってくれているはずなのだが、以来、祖母の一族はたくさんの哀しみに見舞われた。
今東日本大震災によって多くの悲しみと向き合っていらっしゃる方たちに、少しでも励みになればとこの記事を書きます。
大きな自然災害とは比べようもない、我が親族の話ですが、気持ちの上ではよくもまあ、ここまでなんとか持ち応えた、という心境で居ます。
身長168センチの細身のモデルのようなスタイルの従妹が猛暑の8月30日に突然脳内出血で倒れ、緊急開頭手術を行い、一命を取り留めたその夜、夜半には風台風になりました。
昨日まで元気に飛び回っていた彼女はその日以来全く違う人生を歩むことになりました。
娘がひとりまだ未成年で、単身赴任の彼女の夫も飛んできてくれましたが、とにかくこれからのことに途方にくれたことを思い出します。
あれから七年、飛ぶように過ぎた日々にも大きな生活の変化がありました。
一番大きかったのは彼女の弟の死でした。43歳 こよなく良い姉弟の関係に病がいつの間にか忍び寄ってあっという間に亡くなりました。
間もなく彼の5年祭という神道の回忌があります。
天を恨みそうになったこともあります。
でも今は彼女も私の近くの施設で療養して5年、会話も右手の使いかたもスムーズになってます。
祖母がつなげた二人の絆をしっかりと結んで行くように 祖母も亡くなった従弟も見守っていてくれると信じています。
村山貯水池を見下ろすレストラン天外天で 施設の方たちとお花見ランチをしました。
こんな日が来るなんて・・嬉しい限り!
若いスタッフのフレッシュな気持ちにいつも支えられる私たちです。
喧嘩もする私たちを暖かく支えてくれるんです!
七年・・今の被災地の方たちに従妹はいつも必ず乗り越え、笑顔になる日が来る、と一日も一日も早い復興をお祈りしています。
地震国にいる自分をいつも意識し、怖がりながらも彼女は今は落ち着いています。
関東の桜は散り始めました、美しい桜吹雪を見ながら、東北への思いを馳せています。
どうか東北関東の被災地にも桜のエネルギーが届きますように。
いただいたコメントを励みに次の記事を書かせていただけています。
東北に桜の花が咲きそろうまでに少しでも笑顔が出ますように・・
ダッキーにマスコットになってもらってます!![]()
様々に感謝を込めて・・



