結局先日の排泄介助、、、通常は0時前後にやるんだけど前倒しで23時にやった。それもHさんに頼んで一緒にガーン

この日Hさんが先休憩で23時からだったんたけどね。頼みましたお願い(便が出てないなら秒で終わるよ)

朝の起床介助は明るくなってから自力で。

まずはニット帽をかぶせてからね。

声かけすると返事があった。

声は昔のままだった。自分の名前を言ったけどわからない。私の母の名前も祖母の名前も知らないと言われた。なんならこの人自身の子供達の名前もわからなかった。

この人の旦那や姑(私の祖母の妹)の名前は嫌な記憶だろうから言わなかった。

認知症ってほんとにね。残酷なのか、神様からのプレゼントなのか?(本人は死の恐怖さえわからないからある意味幸せ)って人もいる。周りは間違いなく地獄だけどね。



さてさて、そんな中本日は母の三回忌ですわ。

命日は明後日だけどね。

はやいな。丸2年も母と話してない。

最後の最後まで認知もなく私と喧嘩したくらいだ。それはそれで自己嫌悪になったり辛かったけどね。本人も何で自分が癌なんかになるんだと辛く悲しかったと思う。コロナ渦で面会も時間も限られた中でひとりぼっちで逝ってしまった。


でも

認知症よりきっとよかったんだ。そう思うことでたびたびくる哀しみや寂しさを乗り越えた。

今だってきょうだいで話す。

うちの両親は子供孝行だよねって。(私が認知症の残酷さをきょうだいに話すから)


もちろん元気で認知症もないならそれが一番。長生きしてほしかったけど。

毎日認知症の人を見てるからどうしても思考がネガティブてへぺろ


法事が終わったら前回できなかった伯父の面会へ。最近伯母も転居してきている。

二人とも認知症が酷いからね、お互いの認識あるのかは不明。

隣のユニットらしいよ。

夫婦なのに、隣にいるのに遠いね。