高野山へ行く朝の夢 | どんぐりの小径

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徒然に気まぐれに

6月29日(土)に高野山の宿坊に泊まっている時の夢です。

(追記)と、書きましたが、高野山に行く日の朝の夢でした。

お遍路の話はまだ書いていないので先に夢だけ書きます。

5日間の旅で書き留められた夢はこれだけです。

 

母が施設にいて世話を受けています。

女性たちが座っている母の周囲を取り囲んでいます。

その中の一人が「重症なんだ」と言います。

“もっと何かしないと”という事らしいのです。

 

それを聞いて驚いた私は「重症ということは、

いつ何があってもおかしくないという事ですか?」と聞きます。

女性たちはちょっと顔を見合わせてから一人が「そうです」と答えました。

 

それを聞いて、何故、今までもっと母の元へ通わなかったのか、

会いに来なかったのかという後悔の念が起こります。

シーンが変わります。

 

70代くらいの姿勢のいい器の大きそうな男性が「先に会った男は小物だ」と言い、

「何故もっと出てこないのか(やろうとしないのか)」みたいなことを言われます。

“前に会った男”って旅の前半で助けてくれた人のことかな?

 

誰だろうと回想します。思いあたる人がいません。

昨日(6月28日)は崇徳天皇に助けていただいた。

どうお礼をすればいいのだろうと考えます。

「何故もっとやらないのか」の方は意志向上のことか、世の中でのお役、仕事のことか・・・

 

シーン変わります。

街中の狭い道を兄、サチ、ユイと一緒にいます。

おかずを選べるタイプの食堂でおかずを選んでいます。

 

美味しそうだな~と思って見ています。

近くで兄がガミガミと何か指示してくるけれども

何を言っているのか聞きとれないし、聞く気がありません。

以上です。

 

母が重症だというのはドキッとするので考えました。

リアルでは母の傍を離れていないのに、なぜ後悔するのか?

これは母の姿をとっているガイアのことだというアイデアが湧きました。

 

地球・・・本当にかなりまずいんだ・・・

どうしよう・・・

ではでは。