関西学生應援團連盟【5】 | 甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」

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甲南大学応援団再建物語
~黄霧四塞すと雖も、上に蒼天なきに非ず~

実力本位を掲げた関西大学野球連合の設立趣旨を考えれば、当然と言える帰結でありますが、強豪校、弱小校それぞれの事情で不満が蓄積し、少なくとも連合を解消する方向では各校、合意が取れるに至りました。ちなみに連合時代、最後の関西六大学リーグの顔触れは、関西大学、関西学院大学、同志社大学、近畿大学、大阪商業大学、京都産業大学の6校でありました。
 
ここで関関同立は東京六大学リーグを模した6校固定によるリーグ設立を熱望し、近畿大学、京都大学を招聘し新関西六大学リーグ設立に向け暗躍致します。関西学院が強硬に推し進めたものの同志社は強引な手法に消極的であったと言われております。一方、連合時代、実力で勝ち上がってきた大阪経済大学、大阪商業大学、京都産業大学、龍谷大学はこの動きに反発致します。

結果的に関関同立に京大、近大を加えた新リーグ関西学生野球連盟が発足し、龍谷大学、大阪商業大学、大阪学院大学、京都産業大学、大阪経済大学、神戸学院大学の6校で関西六大学野球連盟を継承します。関関同立は関西六大学の名称にこだわりましたが、強引に脱退した経緯から名乗る事を認められなかった訳であります。かくして現在の関六、関西、阪神、近畿、京滋の5リーグが並立する形が確立したのでございます。応援団業界も顔負けのこの激しい闘争劇は昭和57年の出来事であります。【以下次稿】
【当時の記事】
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八代目甲雄会広報委員会