大阪経済大学應援團【6】【完】 | 甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」

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甲南大学応援団再建物語
~黄霧四塞すと雖も、上に蒼天なきに非ず~

ここまで昭和50年代の応援団業界の風雲児 大阪経済大学應援團の歴史を見て参りました。
 
大阪経済大学は直近では平成19年に硬式野球部が神宮大会に出場しておりますし、以前にも触れた通り経済界で活躍する卒業生が多くおりますので、〇〇社長の出身校としてメディアで取り上げられる機会が多い様です。そういった名門校に応援団がないのはやはり一抹の寂しさを禁じ得ません。
【大阪経済大学應援團「團魂」】
中野團長が活躍した昭和53年は今から約40年前になります。40年の間に随分と社会も変わりました。しかしながら今回の連載で学ぶべき事は、少なくとも大学応援団というフィールドでは、一人の人間の情熱と意志、企画力、実行力で大きく事を回天させる事は可能であるという事でありましょう。
また中野團長は引退後も現役相談役として應援團に籍を置き、現役團員の相談に乗っていたそうであります。一つの組織の改革が短期間で成し遂げられる事は難しく、3年とか5年といったスパンで見ていく必要がございます。また判断基準が年によってまちまちでは一貫した手を打てなくなります。そういった意味においても実にぬかりなく組織を作り上げていった足跡が伺える訳であります。
【大阪経済大学應援團 中野義弘團長】
甲南大學應援團OB会
八代目甲雄会広報委員会