幻の旧團室 | 甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」

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甲南大学応援団再建物語
~黄霧四塞すと雖も、上に蒼天なきに非ず~

長らくの御無沙汰です。大変、失礼致しております。

以前にも書かせていただきましたが、来年、甲南学園は創立百周年を迎えます。
その取組の中で、学内最古の建物であった学友会館が取り壊され、iCommonsという新たな建物に生まれ変わりました。少子化の波の中、大学の生き残り戦略が議論される今のご時世、体力があるうちに学生に魅力ある大学であると思って貰える様な投資を行う必要がある訳であります。

これも以前、書かせて頂きましたが、我が應援團は取り壊された学友会館に本部を置いておりましたので、現役團員を保持しない我が團は現在、キャンパス内におきましては宿無し状態であります。團旗、太鼓、看板等の備品は、甲雄会 関会長預かりとなっております。
この現状を打破する事が我が会の最重要課題であります。それに付帯する諸活動に関しては、稿を改めてご報告致したいと思います。Facebookでは既にご報告させて頂いている「第一回応援団フェスタ」に関しても、趣旨、開催に至る経緯等を本ブログにて書かせて頂く予定であります。

 さて、在りし日の團室については以前も記事を書かせて頂きました。
嗚呼!團室
48代を数える歴史の中で30年以上、学友会館に本部を置いておりましたので、團の歴史の殆どがこの場所で綴られた訳であります。
ただ我が團の團勢を考えると創團から16代目頃までの期間にピークを迎えておりました。そしてこの昭和20年代後半から昭和40年代前半に関する資料が極めて乏しい事もあって、謎が多い期間とされておりまして、この黄金期を支えた本部も謎の一つとされておりました。
ところが、先に申し上げた百周年記念に関する冊子に、その幻の旧團室の一部が映り込んでおりました。門の右手の色気のない建物がそれであります。さらに奥の木々の間から、学友会館の新團室を臨む事が出来ます。

当時、旧本部で應援團生活を送っておられた先輩に話を伺ったところ、應援團だけで使用していた建物らしいのですが、面積的には狭く、團旗や太鼓等の備品を置いて、10名前後の幹部が座れば部屋はそれでいっぱいだったとの事であります。当番以外の團員は團室の外で待機していたと言うのですから、大変な時代だったのだと思われます。
 
さりながら團室を葬った甲南学園百周年記念事業が、歴史の中に埋もれていた旧團室の姿に再びスポットライトを当てて下さった訳ですから、何かの因縁を感じる今日この頃であります。
 
甲南大學應援團OB会
八代目甲雄会 広報委員会