森下副團長が3回生の折、我が團は様々な面で革新に努めておりました。まずは吹奏楽部の創設であります。立て看板を立てたりビラを撒いたりして人を集める傍ら、OB会や大学当局と話し合いを重ね、遂に平成2年、36代目の折に吹奏楽部を立ち上げるに至ります。
当時2回生だった能勢部長1名での発足でしたが、春の勧誘で5名を超える新入生を得て、楽器も揃え、陣容を整えている途上にありました。
吹奏楽部を加える事によって応援の型を考案したり、既存の演武を改良したり、といった様々な取り組みが行われておりました。
その傍ら演武、乱舞も研究が進み、当時、既に名人として名高かった32代目 芹生リーダー部長に指導を仰いだり、当時のVTRを探し出したり致しました。当時は36代目井上副團長が中心となりこういうリーダー部改革に取り組んでいたのであります。
その中、リーダー部員は2回生におらず当時3回生であった森下副團長しかおらず、こういう活動を通じ徐々に彼はリーダー部としての自我に目覚めていったものと思われます。

甲南大學應援團OB会
八代目甲雄会團史編纂委員会