関西大学野球の歴史【4】 | 甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」

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甲南大学応援団再建物語
~黄霧四塞すと雖も、上に蒼天なきに非ず~

新たに発足した関西学生リーグでは、当初から近畿大の優勢が続き、昭和59年春から60年秋まで4連覇、昭和62年春から平成元年秋まで6連覇を達成、 なかでも62年、63年には関西勢史上初の全日本大学野球選手権大会2連覇を果たしたのであります。


その後、関西学院大、関西大が旧関西六大学リーグ以来久々の優勝を果たすなど混戦期に突入しました。一方で、実力が危惧されていた京都大はリーグ発足直後の昭和57年秋に5位と奮戦したものの、後は大きく低迷、ほとんどのシーズンを最下位と苦戦を続け、ちょうど東京六大学の東京大学と同じ境遇に喘いでおります。


関西学生リーグの全国での実力でありますが、近畿大は平成8年秋から10年秋までリーグ戦5連覇、同じ年に全日本大学野球選手権大会2連覇を達成し、平成9年には春・秋リーグ戦、全日本大学野球選手権大会、明治神宮野球大会、社会人との王座決定戦と史上初の公式戦5冠を果たし、関西勢の実力を天下に知らしめたのであります。

 

また関西学生リーグと袂を分かつ形になった新関西六大学リーグでは、大阪商業大の優勢が続くも、次第に低迷し、混戦期を経て、 その後は大阪学院大、龍谷大が台頭しております。しかし全日本大学野球選手権大会での戦績などを鑑みますと、関西学生リーグとの格差が開いているのは否定できない状況となっております。


こうなりますと他の3リーグも推して知る状況でございます。3リーグの強豪校が連合時代、関西六大学へ昇格を果たし、そのまま新関西六大学リーグに所属しておりましたので、連合解散後のそれぞれのリーグは実力的に一枚落ちると見られるのも無理からぬ事であった訳であります。

 

八代目甲南大學應援團OB会

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