第13話 夜襲の果てに
以前、我が應援團合宿において伝統の夜襲 と呼ばれる練習について記事を書かせて頂きました。夜襲とは合宿期間中のある夜、ぐっすり眠っているところを叩き起こされて過酷な練習を強いられる恐怖のメニューであります。
その非日常性からか、少し秘儀めいたところがありまして、寝起きで全員の動きは当然の事ながら精彩を欠くのも止むを得ないところでありますが、容赦なく叱責の声が飛び、練習場へ向かう夜道にもピーンと張りつめた空気が漂っているのであります。
草木も眠る丑三つ時、練習をつける先輩方も日中とは明らかな別人と化しており、いつ終わるか分からぬ不安が闇に包まれる中、体調が万全な時であっても到底、貫徹出来ない過酷なメニューをこなすのは、悪夢を見ている錯覚に陥いるものであります。
夜襲が終わりますと、先輩より小銭が各人に手渡され、ジュースを飲む事が出来ます。「なんだ、そんな事か」と思うのは早計でありまして、合宿期間中は最終日の宴会を除いては水とお茶以外は口にしてはならないという掟があるのであります。
隠れて飲んだ者がいれば、当人はもとより同期全員が連帯責任に問われるという極めてえげつないシステムがありましたので、なかなか禁を破る者はおりません。
日中、練習が終わった後などは、炭酸飲料やスポーツ飲料が飲みたいという強い衝動と戦いつつ、日々を送っている中、この一杯は格別なのであります。あの喉ごし、ほのかな甘み、たかがジュース一杯ではありますが、極上の旨みを過酷な練習をやり遂げたという達成感と共に肺腑に流し込む訳でございます。
さて、ある年の夏合宿の夜襲の後での出来事であります。声は嗄れ果て足腰も立たない這う這うの体で宿に帰ってきた團員一同。宿の1階に設置してある販売機で思い思いのジュースを購入し、部屋に持ち帰り、嵐の様に過ぎ去った時間を振り返ったり致します。
するとある1回生が部屋にいない事に気付きます。もしや部屋に帰る前に力尽きたのか…、との憶測も飛んだり致しますが、立ち上がって見に行く元気が誰にもありません。
すると香しいカツオだしの香りを漂わせながら行方不明氏が部屋に戻って参ります。手にはしっかりとキツネどん兵衛を持っているではありませんか。
何と彼は先輩に頂いた小銭に自分の小銭を足してどん兵衛を購入していたのであります。唖然とする團員達を尻目に「やっぱり練習の後は腹が減るわ」とか何とか言いながらズルズルと美味そうに麺をすすっていたのでありました。
余程、打たれ強いのか、鈍いのか、はたまた暗闇に紛れ手を抜いていたのか、今もって謎であります。
八代目甲南大學應援團
広報委員会