訓 | 甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」

甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」

甲南大学応援団再建物語
~黄霧四塞すと雖も、上に蒼天なきに非ず~

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團室に斯様な額が掲げられております。昭和50年代後半、29代目幹部によって作成されたものでありますので、相当古い代物という訳ではございません。

ただ29代目というのは我が團ではある意味において黄金期と冬の時代の境に位置する代と言っても良い代でありまして、我が應援團の隆盛ぶりも苦難も知る代なのでございます。

 

彼らの1つ下の代、つまり30代目は当初、質量共に充実した顔ぶれでございました。通常、1回生の夏合宿までが研修期間に該当し、夏合宿を経て初めて親衛隊への入隊を許可されます。

そこから1年間、つまり2回生の夏合宿まで親衛隊としての研鑽を積む中で、適性を見極められ、リーダー部に編入される者が出て参るシステムになっております。

 

ところが30代目は1回生の夏合宿より適性により親衛隊に配属される者、リーダー部に配属されるものが其々、選別されました。1つには團員数も揃っており且つ個々が優秀であった事が挙げられます。さらに彼らは30代目という事で幹部に昇進した暁には30周年記念関連行事を舵取りとして執行する立場になります。故に教育も前倒しで行われていた訳であります。

ところがその30代目團員が2回生の折、全員退團する一大事が勃発致します。應援團という組織は各学年にそれぞれの役割があり、その役割を1年間きっちりと積み上げてゆく事によって團員としての資質を身に付けていく形になっておりまして、1学年が抜けてしまうのはそのシステムに重大な影響を及ぼすのであります。

 

この額はその苦難の時代の中、幹部を務めた29代目が引退する際に後輩達に遺した言葉でございます。下級生の頃、團室当番で先輩もおらずやるべき仕事も全て終え、ただ團室にいる事だけが任務であった時間、この文字を何度も読んだ記憶がございます。今の私共も肝に銘じねばならない言葉と思っております。團室に訪れたOB諸兄は是非、この額を読んで頂きたいと思います。

 

八代目甲南大學應援團OB会

広報委員会