夏合宿【前編】 | 大学應援團に関する考察を支援するブログ

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かつて地方都市に実在した應援團の赤裸々な日常を通じ、大学應援團とは何を考えるブログです。

酷暑が続いておりますが、皆様、ご健勝でいらっしゃいますでしょうか。まだまだ斯様な陽気が続く事でしょうから、体調管理にはお気を付け下さいませ。





夏の暑い盛りになりますと否が応でも夏合宿の事をふと思い出すOBの方も多いのではないでしょうか。時期や場所は年代によってまちまちでありますが、夏合宿の経験はOB間で共有できるものでありましょう。





以前にも触れましたが、創團より昭和40年代半ば頃までは春合宿=淡路島、夏合宿=小豆島、そして昭和30年代後半より秋合宿=勝尾寺(大阪府箕面市)が定例でございました。スティーブ・マックウィーン
顔負けの大脱走事件もない訳ではございませんので、夜間、船がないと脱出できぬ島での合宿が好まれたと伝えられております。





昭和40年代後半より夏合宿は毎年、場所が策定される様になり、春合宿も平成初頭より同様の運用になりました(秋合宿は昭和40年代後半にはなくなっていたと伝えられています)。以前の記事でも紹介させて頂いた様にハーレーダビッドソン
に乗ったOBが見学に来れない様な場所を探したりしまして、海に山に様々な場所で合宿が行われましたが、概ね海が多かった様に記憶致しております。





青い海、白い砂浜には17才の南沙織が走っている訳はなく、空の青さは下級生にとっては絶望の色であります。合宿中は朝練習、午前練習、午後練習と3回、練習がございまして、早い話、太陽が出ているうちは食事時間以外はずっと練習という訳でございます。

甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」





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