2ヶ月半前に実家のオカンが大腿骨骨折で入院、転院。今までめったに帰省しなかったが、見舞いと実家の掃除を兼ねてとりあえず毎月帰省。


今まで、一緒に暮らしてくれている弟(独身アラ還)に任せっきりにしていた自分も悪いが、実家のあまりの汚さに悶絶した。1回目帰省は通院手術入院の付き添いだけで終わり、2回目は家中の掃除機かけと、洗面所、風呂トイレの大掃除。カビキラーが何本あっても足りなかった。風呂桶などは全部買い替え。3回目の今回は鬼門の台所。全ての食器類を食洗機で洗い直し、シンクのカビ取り、フィルター無しで使ってた油ギトギトの換気扇フードを洗剤と熱湯でこすり洗い、フィルター貼って設置、冷蔵庫の中も大掃除。期限切れの調味料や原型を留めていない謎の物体などは全て廃棄。それでもまだまだ汚い。もうイヤだ。80過ぎの老人の「掃除してるよ〜」なんて言葉は真に受けたらアカンし、そんな母親に家事任せっきりにしてる弟もアホである。料理も掃除もしたことないアラ還弟に


こんなことするために帰ってきたんじゃない!次はダスキン頼め!」


とキレた。


が、問題はそこじゃない。

昭和の長男教、長男至上主義のオカンと、大事にされすぎて婚期も逃した共依存の2人(マザコン、とはちょっと違う)


“女の子は結婚するまでの預かり物”と言い切り、女は結婚して子供産んでこそ価値がある、と信じて疑わず、私には大学卒業後(大学まで行かせてもらったことには感謝している)は見合い話をガンガン持ってきた。25歳くらいからは


ご近所に恥ずかしいから早く嫁にいけ


と本気で怒られた。ある日、飲みに行って午前様になった私を殴って父親はこう言った。


こんな時間に帰ってきてご近所に見られたらどう思われるんや!


色々あったがこんな家にいたくなかったので、条件としては悪くなかった旦那との見合い話に乗り、数回会っただけで私はさっさと結婚して県外に脱出した。


が、弟はてこずった。条件的にそんなに良くない。こちらは同居までは望まなかったが、嫁に出す方としてはあの気の強いオカンが姑になる、というのは多少の足かせにはなっていたらしい。40になっても50になっても、そして今でも早く結婚しろ、子供もほしいから相手は40歳までがいい、とか言ってる。馬鹿じゃないのか、今から結婚したら即オカンの、ほどなくして弟の介護が待ってるだけ。よほどの金持ちならまだしも、弟は非正規雇用、オカンは年金だけ、2人とも貯金も財産もない。


見舞いに行っても私には「ああ、来てくれたんか」とは言うものの、すぐ、「@@(弟)になんか美味しいもの作ってやってや」、と何度も何度も言う。早く結婚してくれたらいいのに、とも言う。今はそんな時代じゃない、独身の男性は珍しくないし、1人でも生活できる、と何度も言ってきかせるけど、でも跡継ぎがいないと…と言う。継がせるものなど何もない。墓は永代供養でも墓終いでもどうとでもする、とこちらが言っても、でも結婚しないと…、何か美味しいもの作ってやってや、の無限ループ。私の心配など一言もない。まぁ別にいいけど。本当に本当に息子が大事で、娘はわりとどうでもいいんやな(笑)

さっさと病院をあとにしてまた実家の掃除をする私。


問題は、弟が大事にされすぎて、いつまでも子供のままでいるのが当たり前になってしまったこと。洗濯とゴミ出しは出来るが、それ以外は全く使えない。


本当に大事に愛情いっぱいに育ててもらったと思えたなら、介護も世話も喜んでするけど、親は私に対してはいつも“ご近所の目”ばかり気にしていた。とてもじゃないが、ずっと面倒みたいとは思えない。退院後は、使える福祉サービスは全て使い、それでお金が足りなければ、ある程度は出すつもりだが、手は出さない。そのためにも私はまた明日からラブホ🏩のお仕事頑張ります。


ご近所に恥ずかしいから早く嫁にいけ

という言葉は本心だったと思う。

そして、あんなにも気にしていたご近所は、亡くなったり施設に入ったりして、当時の人たちはほとんどもういない。