Jam~夏至の太陽 普遍の月~ 前 | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

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アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。




Jam~夏至の太陽 普遍の月~ 












東京。

週末近く。真冬の平日の夕方。

とあるビルに、一人の青年がいて。

彼は。頬にかかる漆黒の天然ウェーブの髪を、苛立たしげに、かつ無造作に束ねながら。面倒くさそうに黒縁眼鏡を外し、額から流れ落ちる汗のしずくを左手の甲で拭い。

その荒々しい仕草とは対照的な、優しげかつ、端正な女顔を時折歪めつつ黙々と―時折、何か聞き取れない程の小声でつぶやきながら。彼自身が籍を置く“会社”のジム―ビルの最上階にある福利厚生施設―でのトレーニングに精を出していた。

全てのブラインドがおろされた、冬の仕事終わり―夕暮れも過ぎ、太陽の光がことごとく遮断された窓を背に。エアコンの効いた快適な環境の中。ワイシャツのスーツ姿からトレーニングウェアに着替え。ランニングマシン、フィットネスバイク、そして、何故だか、小型の―冴え冴えとした輝きを放つ刃先を持つ―ナイフを数メートル先の的に向かって投げ続ける彼―圭樹春海の口から。彼自身気づかぬ内に、けれどハッキリとした意志を持って。

一つの言葉がこぼれ落ち始め。その内。それらはためらいがちに、けれど、粛々と、途切れる事なく。

後へと続く。

俺は悪くない…、俺は、悪くない―、

「…絶対に、俺は、悪く、ない」

「俺は、悪くない。悪くない」

「…悪いのは―」

圭樹春海は。ナイフの刃先を思いっきり力任せに、的―と言うか、壁―に叩きつけると。加えられた力に刃先を曲げられ、的から大きく外れたまま、壁伝いに静かに床に落下した、それをしばらく眺めていたが。

「…」

やがて、何かを振り払うように頭を軽く振ると。タメイキをつきながら。黙って拾い上げる。



『備品、壊したら始末書、お願いします。あと、代金は給料引きにしますから。よろしいですね?』



―と。

以前、一緒にトレーニングに勤しんでいた同僚の破損に眉をひそめながら注意してきた、ジムの受付社員の苦虫をかみつぶしたような顔を思い出し。

「…やっちまったなあ」

と、我知らずタメイキをつきながら。それでも、やはり。

俺は悪くない、と更に繰り返す。

「…俺じゃ、ない…。絶対に…俺じゃ―。
どう考えたって、悪いのは、吉乃さん、あんただよ。俺がいくら頑張って話しかけても―好きでもないワインの勉強して一生懸命、話題持ちかけても、聞いてんのか聞いてないのか、

『ふうん、美味しそう…』
『興味があるの? 珍しいね。雨、降りそう』
『じゃあ、今度一緒に飲もうか? 私がカクテル作るから』

…って、いい加減な生返事、繰り返して。俺は別にカクテル作って欲しくて、話しかけてたワケじゃねえのに。ただ―。
…なのに、同じ事を他のヤツに言われたら、ニコニコ笑顔振りまいて、一生懸命返事して。愛想しぃの八方美人…、まあ、確かに美人だけどさ、文句なく…、いや、今はそこ、どーでもいいな。しっかりしろ、俺。一時の感情に流されんなよ。
昨夜ケンカして、今朝もあんたとは口もきかずに出てきた事、忘れんな。いつだって、俺が妥協して謝って仲直り…、でも今回こそは絶対に引かねえから。あんたがワビ入れてくるまで―。
だいたい、アイツまで、あんたの事かばって。マジ、むかつく。面白くねえ―」

と。その場にいない恋人―吉乃夏美―の、目を閉じればありありとすぐに思い返す事が出来る、何かを口ずさんでいるかのような―情緒的な形のいい半開きの唇を懐かしみ。刹那的に。―まるでそれが慣れ親しんだ仕草であるかのように―ゆっくりと息をつきながら指先を伸ばし、そこに触れ。何だったら、その口腔内をそのまま、かき混ぜたくなってしまいそうになる衝動がわき起こったが。

今考えても詮無い事と、自身の体の奥底に灯りそうになった種火を、静かに吹き消し。思考を切り替え。

まるで、その場にいる彼女に語りかけるかのように愚痴をこぼしながら。不意に、ここで。

圭樹春海は。先ほどの―先日福利厚生品の備品を折ってジムの受付社員から呆れたように注意された―件(くだん)の同僚、同期社員である広峰蒼の愛想のいい優男顔と、及び。

彼と交わされた、少々緊張感に欠けた会話を思い出す。



『この前は急に邪魔して悪かったな』

『…この前? って、何かあったっけ~?』

『お前んちに、急に邪魔した時の話だよ』

『―…』

『無言? …おい、もしかして、マジで忘れてんのか? 数日前の話だぜ?』

『俺、ヤな事は忘れる主義だから~☆♪ すっかり忘れてたよぉ~。
…って冗談だから、ちゃんと覚えてるよ、あら、怖いお顔だね~。そんな真剣に受け止めなくていいから~。
そうそう、あの時は土産たくさんくれて、サンキュ。北米土産のメープルシロップとジャム、言われた通りパンにつけて食べたら超美味かったよ~。
って言うか、何であんた、ジム(ここ)―俺の隣にいんの? 俺と一緒にトレーニングでもするつもり?』

『そっ。仲良く一緒に。二人並んで。
…おい、露骨にイヤな顔すんな。
まあ、マジな話、ここだったらお前と少し話せるかなと思って。
この前さあ、ほら、俺も海外赴任先からこっち(日本)に来たばっかでさ。先輩んちに行ったら、話に出てきた同期のお前の顔がすっげー見たくなって。
急にアポも取らずに、邪魔した挙げ句に結構べらべら喋って長居したから、夏美ちゃん、疲れなかったかな? って、俺、あの日、帰る道すがら反省してさあ』

『反省? あんたが? 慣れない事口走っちゃダメだよ~。さっきまで晴れてた空が曇ってきたじゃん。お天道様もビックリ~。ベランダに干してきた洗濯物が~。どうしてくれんの、広峰? 雹が降る、雹が~』

『…本当だな、天気悪っ。ゴメンなあ。
じゃなくて。
…俺らの仕事って特殊じゃん? ちょっと珍しい職種で、人並み外れた緊張感がずっとつきまとってるって言うか、何かさ。
でも、そんな時に、夏美ちゃん―お前の彼女の顔見たら、切れ長の目の凛々しい美人なのになんか和むって言うか…、安らぐって言うか…、いわゆる癒し、な。一生懸命話を聞こうとしてくれる、あの声につい、気が緩んじまったみたいで長居して…、
とにかく悪かったよ。
夏美ちゃん、いいコだな。本当。俺らみたいな仕事してる人間にはもったいないぐらい―』



「…え~っと? ―広峰?
人の女をつかまえて、夏美ちゃん夏美ちゃんって気安く名前呼びしないでくれませんかねえ。
だいたい、安らぐ? 和む? 彼氏である俺を前にして、感嘆のため息つきながら、ウットリ惚けた顔して吉乃さんを思い出さないで欲しいね~。笑えんじゃん。
だいたい、あんたに言われなくても、そんなの―俺らみたいな仕事してる人間にはもったいない―って事ぐらい俺、とっくに知ってるしぃ。
吉乃さんも吉乃さんだ。俺を全く無視して広峰と喋り続ける―、って言うか、俺の知らない間に、二人はいつの間にか知り合いになってて、それをお互い嬉しそうに語り合うとか、どう言う神経をなさってるのか、マジで信じらんねー…、
そうだ。あの時、広峰のヤツ、こんな事も」



『夏美ちゃんってさあ、ワイン好きだったよな? あの語り口から推測して、結構呑める口と見たんだけど』

『うん。そうだよ~。―どした? 吉乃さん…、夏美に興味津々みたいだけど?』

『興味深いねえ。いや、酒飲みの彼女と差し向かいになった時、お前、どーしてんだろうな、なんて想像して。
お前、確か、下戸じゃなかったっけ?』

『…そう言う時は、つき合いで、ほんのちょっと一緒に飲んでやってる…、つか、酒飲みと下戸のカップルなんて、掃いて捨てるほどいるだろ? そんなに珍しい事じゃない―』

『ふーん、そお。へえ~』

『…なんだよ? ニヤニヤと変な笑い方して』

『いや、知らぬが仏、とはよく言ったもんだなと思って。ああ、もうこの話はやめな。
―そうだ、圭樹? 今日この後ヒマか? 何か飲んで帰らね?』



「“可愛い飲み屋が出来てるらしいから、ついてきてくれよ。新しいモノは何でもリサーチして、いざ鎌倉って時に使えるようにしとかなきゃな?”って…、何だよ、それ。
結局、それまでの押し問答は、下戸の俺を誘っても大丈夫かどうかを確かめるだけの、セコいフリだったワケで―。
何で俺が、あんたみたいなむさ苦しい男と一緒に行かなきゃなんねえんだよ? 吉乃さんに頼まれたならともかく、あんな、バカでかい―俺とおんなじぐらいの背格好のヤロウと行ったって、俺は面白くもなんともないし、だいたい“知らぬが仏”って何だよ?
意味ありげに話してきて、気分が悪いから、ソッコーで断ってやったら、アイツ残念そうな顔しながら、それでもニヤニヤ笑って。最後にこんな事言った―」



『―お前は、ジャムがあればいいんだよな? 幸せなんだよな? 気のいい理解のある彼女でよかったなあ、圭樹?
彼女は常に、お前の幸せを考えてくれてるんだろうな。感謝しろよ』

『―感謝…?
それなら言われなくたって、いつでもしてるけど?』



“…ケーキくん、ちょっとこれ、味見してみてくれる?”

“何? おっ、新しいジャムじゃん、 パッケージ、つか、ビンが可愛らしいし。どこで買ったの?”

“味見した後、教えるから。とりあえず食べてみて?”

“―うま…。え~っ、ちょっ、これウマすぎじゃない? 俺の好きな、あっさりした中にコクのあるデラックスな甘さ…、ヤバい…、あり得ないぐらい、マジでスゲえウマいっ。ひとビン、すぐになくなっちゃいそう。
どこのメーカーのジャム?”

“ワイン商事”

“ワイン商事…、ジャムなのに、ワイン商事…。聞いた事ないねえ。新しいブランド?”

“Yoshino Natsumi ―、YN、ワイエヌ―、ワイ(Y)ン(N)…、最後は無理矢理な進化系の語呂合わせ。
つまりね、私が作ってみたのよ~。美味しかった?”

“えっ!! 吉乃さんの手作り!? 道理でハンドメイド感溢れるビンだと思った~。どうやって作ったん?
スッゲえウマいよ~。僕、超感激~”

“…気に入ってくれたなら、良かった…。私、ケーキくんの美味しそうな顔してるとこ見るの、大好きだから。安心…。
じつはね、料理に使っても美味しくなるように作ってみたの。レシピはね。えっと、基本、本を見ながら、後はネットとかも見て…、何、ジッとこっち見て―”

“…てもいい?”

“えっ? ゴメン、よく分からなかった。もう一回、言って”

“チューしても、いい? お礼に、チュー。したいんだけど。いや、するから、絶対”

“えっ、あの…、ちょっと。待って。急に、そんなの、心の準備が…、
近い、顔、顔が…、あっ”



「―あの時の吉乃さん、顔真っ赤にして可愛かったなあ…、真っ赤になりながらも、俺を避けずに受け入れてくれて―、本当いい女…、
じゃない、今はそんな思い出に浸ってる場合じゃなくて。
とにかく、そんな感じで、吉乃さん、料理苦手なのに、よく尽くしてくれて―、
って言うか、広峰。
“感謝しろよ”
なんて、意味ありげにつぶやいて。何なんだよ、一体? 
…いいや。違うな。絶対、何も分からないまま、いい加減な事言ってるに決まってる。アイツは、きっとそう言うヤツだから。分かってる。
だから、あの時。別に気にもせずにスルーしてジムから黙って帰ろうとしたら、ついてきて外に出た途端、アイツ、話題変えてきて―」









『…俺はお前を尊敬するよ』

『…だからあ…、何なんだよ? 唐突過ぎてついていけないんですけど?
今日は変だよ、あんた。俺をいくらほめてちぎってくれても、あんたと一緒に飲み屋には行けないんだけどさ。それともあれ?、他にまだ頼み事があんの?』

『お前ねえ…、俺をどこまで損得勘定で動く人間だと思ってんだ? バカにすんなよ。
じゃなくて。俺らみたいなお仕事してんのに、ちゃんと彼女作ってエラいな、って。
お前の住んでる社宅の―マンションの七階のR先輩、―戦略開発室の係長な、奥さんとケンカして殺しかけたらしいぜ。
―おいおい、スゲえ驚いてんなあ、目、開きすぎ。なんだ、知らなかったのか? まあ、この昼―、数時間前に起こったばかりの話だからな。知らなくて当然か』

『―…早耳だな、あんた。スゴいね』

『当たり前だ、俺を誰だと思ってる? これでも、社内には、俺の目になってくれるヤツがゴマンといるんだからな』

『…でも、R先輩、何で…? いつも仲良さそうに奥さんと二人で歩いてたし、買い物とかも一緒に行ってて―』

『奥さんから、少し距離を置きたいって言われたらしい。理由は知らねえよ。
ただ悲しいかな、俺たちはそうなった―、相手と距離を置きたくない、離れたくない、と思った時の、一番簡単な“願い”の叶え方を知っている…。そして、R先輩は、それを実行に移した。
ただ、奥さんも俺たちと同業者だから、必死になって抵抗して―、隣の部屋のあんまりな―壁とかドアのぶつかる―物音に様子を見に来た近所の連中によって発見されたらしい。だから、助かった。室内は声一つたってない、妙な状況だったらしいけどな。
R先輩は、御法度―、社内規定に背く“不届き者”として、今度罰則にさらされるってよ。怖い話だが、規則は規則だから。仕方ねえな』

『―』

『つまりな、俺が言いたいのは、俺はそうなる―R先輩になっちまうかもしれない自分が怖くて、誰かに入れ込む事が出来ないって事だよ。ようは、我を忘れる事が出来ない―身も心も捧げる情熱と勇気のない―“俺自身”にこだわってる人間だって事。情けねえ話だよ…。
でも、お前はそうじゃない。とにかく、彼女に奉仕され、奉仕し続けられる事が出来ると思ってる。だから、彼女と一緒に暮らす事を選んだ。この前、お前の彼女が仕事帰りの直後にも関わらず、俺に笑顔で対応してくれてるの見た時、俺、勝手な思い込みかもしれんが、そんな感じがしたんだよなあ。 
ああ、こんな笑顔で彼氏の知り合いに気を遣える彼女って立派だなあ、きっと、彼氏からも似たような応対をしてもらえているから、知らず知らずの内に同じ行動を取れる―同調、共鳴? 愛情深いセッションだな。尊敬に値するわ、って』

『…やめてくれる? 買いかぶり過ぎ。聞いてて恥ずかしくなってきた…。夏美はともかく、俺は―』

『照れんなよ。
…おっ、スゲえ立派な月だな、見てみろよ、圭樹』

『広峰…、月…、って、…』

『―俺らにとっては身近な天体。当たり前に地球の周りをずっと回ってる。地球と分かれてから、40億年近くずっと。40億年ってなんなんだろーな。全然ピンとこねえし、気が遠くなるような時間の経過だよな。一分一秒を惜しんで生きてる俺には、よく実感出来ないわ』

『真剣に考えたら、気がどうにかなっちまいそうになるよな…。って言うか、あんたがスペーストークするなんて知らなかったよ。ちょっと意外。でも、面白そうだね。
地球と分かれた、ってどんな話? 少し聞きたいかも』

『…俺もそんなに詳しくないんだけどな。お前もご存知だろう事ばっかだぜ。まあ、かじった程度で良ければ。
太陽系が誕生して間もない頃のドロドロに熱い原始惑星だった地球に、でっかい惑星がぶつかってきたらしい。その時の衝撃で地球の内部が抉られて、宇宙空間に金属とかの成分を持った物質がばらまかれて、ぶつかってきた惑星も木っ端微塵。ドロドロに溶け合った一部は地球に吸収されて、一部はその周りを回る軌道に乗ったんだ。 
それが地球の衛星、月の誕生』

『…結構詳しいじゃん。広峰、天体少年みたい。カッコいいね~』

『メルシーボクー。お前もな』

『サンキュー。…何でほめ合ってんだ? 俺達』

『仲良きことは美しきかな。話、元に戻すぞ。
―最初の頃は、軌道がうんと近くて。海? 潮の満ち引きとかがあんじゃん? 地球と月がお互い引っ張り合う引力で起こってる現象なんだけど、それもかなり大きな満ち引きだったらしいぜ。
でもその満ち引きがあったおかげで、出来たばかりで早く回りすぎてた地球の自転にブレーキがかかって、現在(いま)みたいな1日24時間の穏やかな環境になっていってるらしい。
月ってさ、他の惑星の衛星と比べて、本体の惑星に対する比重がデカいんだって。地球とお互い引っ張り合いする関係?
だから、地球は転がる事もなく一定の角度を保って太陽の周りを自転出来ている…、
どう? 俺の説明、分かるか?』

『分かりやすいと思うよ。自由研究の発表会みたい。本当、あんたは探究心旺盛だよ。
でもさ、地球が太陽に引っ張られてるのは知ってるけどさ。月は地球と引き合う関係、って事? 引かれるだけじゃないんだね?』

『そう。月がいなければ、現在の地球は存在しない、とまで言われてるからな。
単純に地球の引力にとらわれているだけの星じゃない。それどころじゃないぜ、今は地球から離れていってるし』

『地球は存在しないし…、離れていってる…』

『本当にちょっとずつだけどな、その内、完全に離れるんだ。離別だよ。
あっ、俺達が生きてる間は大丈夫。それこそ、気が遠くなるような先の話だ。
それに、その前に太陽が膨張して月や地球を呑み込むらしいから、まず起こらねえだろうな。
ただ。そんな事なしで、単純に月が地球から離れていったら―』

『―…』

『んっ? 今、何か言ったか?』

『別に。何も…』



月が地球から離れていったら―。



離れていったら―。









「―その後の広峰の話は…、ああ、なんだったっけ…?
聞いてないんだよね。なんか言ってたんだけど、聞こえなかったし、よく覚えてない…。
とにかく、俺は悪く、ない。悪いのは、吉乃さんだ。俺じゃない」

圭樹春海は。トレーニングをやめてシャワールームで熱い湯を浴び、着替えた後、駐車場に赴くと。

車に乗り込み。ふと。エンジンをかける前に何か思うところがあったのか、携帯電話を取り出すと。

メッセージをチェックする。

そして、しばらく画面を見つめた後。やおら電話をかけ。けれど、やがてタメイキをつくと。口角を歪め、どこか卑屈な笑みを浮かべながら。

電話を助手席に放り出す。

「…返事は、なし、か…」

「トレーニングに入る前に、メッセージ送って。もう何時間だよ?
放置しっ放しにもほどがあるだろ? 俺はそう言うプレイ、好きじゃねえし。
…以前なら、すぐに返事をくれてたのに」

「何やってるんですかあ? 昨夜の口ゲンカ、まだ怒ってらっしゃるんですかあ? 
―何もしない内から、終わりなんですか、俺ら…。ねえ? 吉乃さん?」

車を発車させ。しばし運転した後、一旦停止でフロントガラス越しに夜空を見上げると。

月が。ビルの谷間からのぞいていた。

―真実。冴え冴えと輝く月だな、と。はるか遠くの夜空に浮かぶ月に懸想し、見とれながら。

圭樹春海は、ヤンワリと、息をつく。







…to be continued