事由の愛・ラ ヴィ アン ローズ―薔薇色の人生―3 | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。







―そんな事を繰り返しているうちに、二人を乗せた車は、今夜の宿に着いた。

小高い山のふもとの、人の良さそうな老夫婦が二人でやりくりしている、その宿は二階建ての木造の和風家屋の民宿で。

数部屋しかない個室は、全室朝日が望める東の方角を向いており。ほんのちょっと離れて小さな物置小屋―納屋―、そして近隣の家々と軒を連ねる。

駐車場も兼ねた和風の庭には、自然な造作に仕上がるように計算されて手入れされた芝生が敷き詰められ、木の花が咲き乱れ。その中に少しだけ場違いだが、不思議と調和の取れた薔薇のツタが絡まるアーチが存在していて。

「…黎くん家のお庭に少し似てるね」

「俺ん家より、数倍キレイだよ。だいたい、こんなキレイな薔薇咲いてねえし。俺ん家で幅きかせてんのは、でっかい紫陽花だから」

藤木黎と本田綾は、とりとめもない会話を交わす。

客室の鍵は、全て襖の戸に小振りな鍵がついているだけの造りで。一階にあるトイレと―一つしかない―風呂場は共同で、特に風呂は客同士が鉢合わせにならないよう、時間差で入るように宿の―白い口ひげと高低差の少ない声色が柔和な人柄を忍ばせる―主人夫婦が上手い具合に采配してくれている。

今日は連休後にも関わらず、お客さんが結構来て下さって満室なんですよ、とエプロン―と言うより前掛け―姿の可愛らしいおかみさんが、屈託なく笑いかけてくる。

「ネットでブログとかを開設してるわけじゃなし。旅行雑誌に取り上げられるわけでもない、うちみたいな山のふもとの小さな宿においで下さって…、ありがたいの一言に尽きますよ。おかげさまで、農業にも力が入ります」

おかみさんの淀みなく流れ続ける言葉に、綾は聞き入り。

自家栽培の野菜料理が名物らしい、この宿屋を探しだし、宿泊の手配をしてくれたのは、他ならぬ藤木黎で。旅行系のサークルに入っているとは言え、最近ではもっぱら名前のみの幽霊部員、活動がろくに出来ていない綾を尻目に、どんなつてかは知らないが、黙って探しだしてきてくれた。

『なんかさ、民宿系のが安くて美味いものが出ていっぱい食えるって。ビジュアル的にはあんまりシャレてねえかもしんないけど、どっ? 結構いい宿屋があるみたいだから、そこにしてみない?』

などと言っていたが、来てみれば駐車場は満車、知る人ぞ知る、集客力のある宿だったようで。



黎くん、どうやって探してきたんだろ。ネットや雑誌じゃないなら、どこかの旅行代理店? それとも口コミ?

関西より西に知り合いはいないわけじゃないんだろうけど―、だとしたら、誰?



『知り合いに機械いじりが趣味のヤツがいてさ。そいつがこっちの方面の出身で―』



あっ…、その人から聞いたのかも。あとから黎くんに尋ねてみようかな。



そんな事を考えながら綾は、靴からスリッパに履き替え。小さな―ロビーとは名ばかりの―受付で宿帳に名前を記した後、部屋の鍵をもらい、ふと背後を振り返ると。

黎がどこか怪訝な風情の表情(かお)をしていて。何気に、どうかした?と問いかけると、彼は笑いながら。

「何でもね。ちょっと視線感じて振り返ったんだけど、誰もいねえし。
俺の気のせいだったみてえ」

「そお? 黎くんカッコいいから。どこ行っても注目されてる…」

「綾さん、ほめすぎ。つか、ん~っ…、参ったな」

綾さんと部屋に二人っきり…。ほめられて嬉しくなって調子に乗りそ。夜までおとなしく待ってられっかな、俺。

ポツリと。

黎が綾の目を覗き込みながら、そうつぶやいた時。

―どこからか大柄な―あどけない顔つきの中学生ぐらいの少年がやってきて。

「おばちゃん、今日はあのコ達来てる?」

「いらっしゃい、守くん。あのコ達はもう来ないよ。みんなの迷惑になったらいけないから、よそに遊びに出かけてもらったの」

「えっ、どして? 僕、あのコ達大好きだったのに…。寂しいよ。もう逢えないの? イヤだよ…」

おかみさんと、なぜだか今にも泣き出しそうな『守くん』の会話を聞き流しながら。

綾と黎の二人が何気に見つめあって甘いトークを再開しかけた時。

何かが、黎の頭に飛んできた。










「…痛っ…」

かすかな痛みに側頭部を押さえて、藤木黎が辺りを見回しても、そこには誰もおらず。

「黎くん? どしたの?」

「―んっ、何か虫がぶつかってきたみてえ…。大丈夫、たいした事ないから。
綾さん、俺、運転しっぱなしで疲れた。おかみさんが部屋まで荷物持って案内してくれるみたいだから、とりあえず部屋でゆっくり休も」

と、綾の肩を抱き寄せながら歩く黎の足に。

一つの違和感があった。

黎は綾を先に―今夜泊まる―部屋に向かわせると、しゃがみこみ、自身の足を確認し。






部屋は二階の―五つある部屋の一番奥―隅っこの和室で。

「どうぞ、ごゆっくりなさって下さいね。お風呂は午後七時から一時間となっておりますので。お夕食と明日の朝食は、お部屋まで持って来させていただきます」

とだけ告げると、部屋までの案内を兼ね、ほんのり熱いお茶を淹れてくれたおかみさんは、そそくさと下がり。

恋人と二人っきりになって気まずそうに下を向くばかりの綾に比べ、黎は旅行バッグの中身を片付けたり、道中購入した駄菓子や土産の整理整頓に余念がなく。

手持ち無沙汰の綾が―それでも気を取り直し―、グルリと室内を見回すと、大きな掃出し窓の向こうに小さなベランダがあり。生い茂った木の枝がちょうど良い日影を作り出している。部屋の真ん中には古びたテーブル、その真ん中に―先ほど淹れてくれた―茶葉、急須、湯呑み茶碗と共に、心尽くしの手作りの菓子―ナッツやチョコチップが盛り込まれたクッキー―が二三枚、そしてピンク色の薔薇の一輪挿しが飾られていて。

綾は床の間近くに置かれているポットのお湯の残量を確認すると、黎にすすめる。

「薔薇の花、キレイで可愛い…。少し小ぶりだけど、何て名前だろ?
黎くん、クッキー置いてくれてるよ。美味しそう、いただこうよ」

「ウェルカムドリンクに、ウェルカムスイーツか…。なかなか気が利いてんね。民宿、最高」

そう言って、黎は美味そうに頬張ると、綾に向かって笑いかけ。

「…うめ。これ、ちゃんとした玉露だよ、綾さん。
まだ春って言っても寒い日もあるから、あんま冷たくない、これぐらい温かいのがいいね。麦茶じゃなくても、じゅうぶん満足出来っし」

麦茶好きの黎からのほめ言葉に、綾は満足げに笑い。

「そうだね」とサクサク、口当たりの良い食感のクッキーをかじり、茶をすすり―あれ、意外と日本茶と合ってるかも、などと思い―ながら、尋ねる。

「―ねえ、黎くん?」

「んっ?」

「ピンク色の薔薇の花言葉、何て言うか知ってる?」

知らね、と黎が即答し。

「黄色なら知ってるよ。確か、“嫉妬”じゃなかったっけ?」

「―…えっ、何でそんなの知ってるの?」

「知り合いが何とも思ってないコからもらって、そう言われたんだって。『ヤキモチ、って意味なんだよ』って。
その言い方と状況があんまりにも気持ち悪かったから、忘れられなかったらしくてさ。後からコッソリ、俺に教えてくれたんだ」

そうなんだ…、と綾がうなずき。続けてやおら薔薇に関する言葉を口にする。

「薔薇戦争…、薔薇の名前、って映画見た事あるかも…、それに、う~ん、えっと…」

薔薇色の人生とか、ど? と黎がテレビのリモコンを触りながら、つぶやきをはさみ。

「―らびあんろーず、かあ。キレイな響きだけど…、俺が言うと、全然フランス語に聞こえね。超日本語。
それに…、ちょっとキザっちいよね。言ってて鳥肌立ちそ。かなり寒いよ、綾さん。
何だか俺ら、文学的かつポエミーな時間、過ごしてんね」

と、言葉とは裏腹な上機嫌な様子で笑いかけながら、綾を正面から悩ましく見つめ。そして「あっ、ちょっと動かないで…。綾さん、口についてる―」と綾の唇の端に指を伸ばし。

付着していたクッキーの欠片をつまむと、綾に食べさせながら、そのまま彼女の口元を指先でゆっくりとなぞり。その目を覗き込みながら。

「―二人で初めて食った時も、こんな感じだったよね」

「―? あっ、もしかして、鯛焼きの事言ってる?」

「そっ。あんこの話で盛り上がった時」

「初めて二人でスイーツ食べた時の事だよね? 黎くんはいつでも食べるの早くて、食べ方もキレイ。私も、そんな風になりたい…」

「綾さんは今のままでいいよ。
俺、綾さんがちっちゃいコみたいに頑張って一生懸命食ったり頬張ったりしてるトコ見んの、すげえ、好きかも。
…いつでも、俺にだけ、そんな表情(かお)見せて欲しい…」

「…黎くん…」

「…綾さん」

…風呂、入ってないけど、いい? さっきの“薔薇色の人生”って言葉も、こう言う状況指してんなら、まんざらイヤじゃねえし、寒くねえかも―。

と黎が顔を近づけ。

互いの唇を重ね合わせようと、―小さく震えている―綾の頬を両手で優しくはさみ、目を閉じた、その時。

―異変が起きた。

戸口の辺りで、突然、ミシリ、と音がし。

「わ~っ、やめて、押さないで~!」

悲鳴じみた絶叫が響き渡り。共用廊下と部屋を隔てていた出入口―ドア代わりの―襖が、ミシリミシリと音を立てながら突然倒れ、同時に。

四、五人の人波がつられるように―畳の上に押し倒されている綾と、その上にのしかかっている黎の二人が、何事かと唖然と口を開けて見つめる―部屋になだれ込み。

突然の予想外の出来事についていけず、ワケも分からず目を瞬かせる綾に向かって、一人の中年の―崩れたピラミッドの一番下で手足をバタつかせている―女が、申し訳なさげに声をかける。

「…ハロー、綾ちゃん。久しぶり。元気だった?」

「―おばちゃん!?」

本田綾の叫びにも似た問い掛けに。

「おばちゃん」と呼ばれた女は恥ずかしそうに笑い、うなずき、そして続けて。

「綾ちゃんをいじめるな! この変態!」

間髪を入れず。藤木黎の上に一つの小さな影が飛び降り。

そのまま、細長い木刀のようなものが振り下ろされ―。













to be continued