アリッサムの、咲く森 Ⅴ | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

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アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。















「―間一髪、だったね、譲―、
いや、違うな。それじゃないよな…。
どの名前が一番いいのかな?
なあ、どう呼ばれたい?」

翌日。

嵐も止み、晴れ渡った空を眺めながら。

ゆるいパーマをかけた、優しげな女顔の面立ちの男が、彼自身より幾分背の高い、―背後にいる―男に話しかける。

男は、かけていた眼鏡を外し、そこに現れた、端整な容貌―少しつり目がちな双眸をまぶしそうに細め、目の前に広がる色とりどりな花畑を見回しながら。

言葉を受け、会話を続ける。

「―いつもと同じで、“係長”でいい。それと、以前も注意したが、口の利き方に気をつけろ。いくらお前が優れた人材だからって、俺の部下である事に変わりはないんだから。
立場をわきまえろ。了解か、“新人”?」

「…相変わらずしっかりされてますね、“係長”は。
ついこの前までは、学生時代からの親友、って設定だったのに。まあ、確かに俺らが同級生、…互いの中間の三十歳って設定には無理がありましたけど。
どう見ても、監督と役者、それかコーチとアスリートにしか見えませんでしたもんね。
あの…、今日は、ゴルフ打ちに行かなくていいんですか? ゴルフするの、楽しみにしてなかったんですか?
…あの時―潜入捜査してる時みたいに、ちゃんと、名前で呼んで下さいよ。今度は本名をね。“係長”?」

バカ野郎、と、つり目の男が一喝する。

「ゴルフより山登りの方が好きだ、俺は。同じ山ならな。
それと…、勘違いするな。警察学校卒業してちょっとしてから、うちに配属されたから、どれだけ仕事が出来るヤツかと期待してたのに…。
変なとこで、つまづきやがって。
本名で呼ばれたきゃ、もっといい働きをしろ。それまでお前は、名無しだ。“新人”でガマンしろ。分かったか?」

キツイですね。これってパワハラじゃないですか? と“新人”がため息をつく。

「そんな事言っても、“係長”だって…」

「何だ?」

「…いえ、…とにかく、事件が解決して良かったです。
俺、一人でいた時―“遺体”になって洋室に隔離されてた間、部屋に仕込んだ監視カメラで“係長”と彼女―高野瀬奈の様子や会話、ちゃんとパソコンの画面越しに見て聞いて、状況を判断してたんですよ。
あっ、これマズいなって場面になったら、すぐに出てかなきゃ、って準備体操までして。
死体のふりして寝てた部屋から静かに抜け出して、ドアをノックしたり、コッソリ移動してバイクを置いたり」

「…あの女が気絶してる間に仕込んだ、監視カメラか。臨機応変な対応、ご苦労だった。
だがな、“新人”。
作戦にない、俺まで聞いてないような独断、かつ余計な行動はするな。
…まあ、あの女を死ぬほど驚かせて、戸惑わせるって意味じゃ、いい仕事したんだろうがな。
スタンドプレーは以後慎め。始末書はもう書いて、提出したか? 作戦の乱れ一つが、命取りに繋がるんだからな。
―何せ、俺達が相手にしてんのは」




凶悪犯ばかりだからな。奇々怪々な事件の―。



“係長”の言葉を聞いて、“新人”は、一瞬黙って神妙な顔をしたが、すぐに気を取り直し。

「今回、捜査の対象となった事件の容疑者、…高野瀬奈は両親を亡くした後、年の離れた姉と二人、この森の中で、肩を寄せあって生きてました。頼りになる親族もおらず、互いが唯一の身寄りで。
妹の瀬奈は、姉の言う事なら何でも聞く、聞き分けのいい子だったそうです」

「そんな女の趣味が、人殺し―」

“係長”―、と“新人”がわずかに悲しげな目で諌めるように、盗み見る。

「…彼女は、元々は殺人者じゃなかった、と思います」

「当たり前だ。最初から人殺しのヤツなんかいるか」

「…高野瀬奈が初めて殺した相手は、自分の姉。両親亡き後、言葉通り『親代わり』だった姉を手にかけ、その後、義理の兄―、姉の夫を殺害。夫婦ともども親しい血縁者はおらず、事業を起こすと言う夢を持って、それまで勤めていた会社を辞め、わずかな休暇の期間に入った、いわゆる『空白の社会人』になった瞬間に、この世から葬られてます」

「連絡が取れなくなっても、誰にも必要とされず心配もされない人間になった瞬間、か―。
…計画的な上に冷静だな」

「姉夫婦の失踪を偽装するため、ご丁寧に二人の会社のホームページまで自分で作成していました。
人生の中で一番必要とした姉を殺害し、そして死んでも誰にも渡さない―、つまり、『身近に置いておく』ためには、あの女自身が捕まるわけにはいかなかったんでしょう。
冷静に考え、狙い定めた瞬間に殺してます」

「断言したな。それも、あの…」

「パソコンの中の日記に書かれてました。それと、今まで殺害してきた人間に関する詳しい記述が…」

膨大な量でした、とぼやきながら“新人”は、この花や木―森に囲まれた家の中や外で、彼がここ数ヶ月近くの間に行った事を思い返す。

偶然を装おって、バス停で高野瀬奈に声をかけた時の事や、親しくなり家に招待され、彼女への好意を打ち明けた時の事。

そして交際が始まり、それでもどこか儚げな彼女―高野瀬奈の一瞬の隙を突いて、愛用のパソコンを壊し、修理に出すふりをして解析にかけた事―。

そこに吐露されていた赤裸々な告白に、“新人”は驚き、“係長”はため息をつきながらも意気揚々とした。

でかしたぞ、“新人”と。これでようやく事件解決のメドが立つ、と。

「…本来なら、見過ごされてもおかしくない事件だった」

“新人”ともども回想から戻った“係長”が、眼鏡をかけ直し、背後の―二階建ての家屋の中から聞こえる捜査員達の―騒々しい声は無視しつつ、相変わらず花畑を見つめながら、つぶやく。

「行方不明の人間や家出人なんて、五万といる。おまけに、そんな人間の周囲にいる全員が全員、捜索願いを出すわけじゃなし。
だから、本当なら連続性のない失踪事件として―いや、事件にさえならずに―誰からも疑われる事なく、終わってたんだろう。
目立たない程度に犯罪を繰り返しながら、生きていく。欲の欲するままに、家の床を這う小虫をプチプチ潰していく程度の良心でね。
ただ、あの女にとって不幸だったのは」

手をかけた人間―もしくは行方不明者の中に、警察上層部の輩の知人がいた、と言う事。

「…友人の息子が、行方不明になって連絡がつかない。だから、探し出してくれ、と俺達に泣きついてくる存在の人間がいた事。
それが、あの女の思いつきもしなかっただろう、誤算だった」

風が、一瞬、強く吹いたが。

構わず、“係長”は続ける。

「…山の中や森の中に、監視カメラはない。でも調査していく内に、山をまたいだ両側の市や町で、家出人の捜索願いや、行方不明事件がチラホラ発生してる事が分かって。
麓に近いコンビニやガソリン店、その他飲食店ホームセンター諸々の防犯カメラを調べてみると、山に入って行った内の―上層部から依頼のあった行方不明者はもちろん―、何人かは、帰りの防犯カメラに写っていない―再び写る事のなかった存在の―人間になっている事が分かって」

防犯カメラに再び写る事のなかった輩に共通したもの―、それは両側の市や町をまたぐ『山』の中に、過去定期的に何度も入って行ったらしい痕跡と、行方不明になる数日前ぐらいから、周囲の人間にポツリともらしていたらしい、一つの名詞。

「―…、“アリッサム”。
花畑、花を見に行く、小さな可愛い花…。
行方不明になった人間や時期が、バラバラで共通点が見つからなかったがために、見過ごされて積み重なった事実…」

“新人”が、淡々と、けれどわずかに眉間をしかめながら、黙り込んでしまった隣の男の言葉を継ぎ足す。

彼は、あの女…、と言いかけ、思い直したように一服置き。

「―高野瀬奈は、誰にも言うな、と…、自分と出逢った事を誰にも話してはならない、と相手の男達に固く口止めしていたようです。
夜道に迷った者や、ガス欠で動けなくなって自分の家の庭に迷い込んだ者の中から、主に既婚者を―それらが一番口が固いと思ったからでしょうが、とにかく―相手を選んで、連絡はネットカフェからのみのつきあいを繰り返し、そして自分なしではいられなくなった状態の時に、相手の生を根こそぎ奪う」




『今日も一匹、花の香りに誘われて自分からやって来た…。エサをあげたらまた遊びに来るって。可愛いけど、どうしようかな、害虫』




“新人”は高野瀬奈の日記に記されていた一文を思い出し。

戦慄する。

数ヶ月に一度のペースで、女の毒牙にかかっていたらしい被害者の多くは。

日々の“犯人”の日記と、聞き込みや、出されていた捜索願いを元に個人の身元が特定され、既に電源が切られ通話不能となっていた個人所有の携帯電話のGPS情報履歴を携帯電話会社に問い合せ、照らし合わせた結果。

始まりは偶然だったとしても。

みな同じ道を―、山の中を走る一本道の横道深く、花が咲き乱れる森に一人暮らす、おっとりと可愛いらしく控えめな犯人―“彼女”に魅せられ、定期的に意識的に積極的に訪問を繰り返した形跡が認められて。

妻や子がいる彼らは、“森に咲く花”については、一切口外せず。ただ酔った時などについうっかり、仲間内で『アリッサムが…』とつぶやくぐらいで。

女との関係を誰にも口外する事なく、誰にも知られる事なく―、女がその存在に見切りをつけた頃、ひっそりと消されていった。

虫が踏み潰されるように、溺れるように、焼かれるように。

消されていく。




『早く、私の知人を見つけろ。どうなってるんだ!?』




知人―実は彼自身の隠し子―の行方を気にかける上層部の人間は、遅々として進まない“解決不能とおぼしき事件”を扱う部署―“新人”が配属された、警察内部でもその―法治国家内での超法規的な―特異性ゆえに組織図からも隠されている―秘密の部屋に来ては怒鳴り散らし、捜査の進展を要求した。

本格的な潜入捜査が開始され、独身者だと称した―実際そうだった―“新人”が彼女に近付き、一見信頼され、愛情も得たが、彼自身も気を許していたら、日記の中の一文に記される事になっていたに違いない、と。




『優しい言葉と体は交わしても、心を奪われるな。俺達のしてる事は捜査なんだ。絶対に捜査の対象を、人間と思うな。あくまでも“事件”―、ケースの一部ととらえろ』




優しく交わしたキスも、抱擁も。

全て解決不能な事件の捜査の、ため。

行方不明者を探し出す、ため。その安否を確かめる、ため。救い出す、ため。

いくら愛し愛されても。情に溺れるな。

けれど、女―高野瀬奈の笑顔に嘘は感じられず。思わず、自分自身は、他の男達とは違う、愛されてるんじゃないか、と夢のような希望を抱き始めた時。

彼女のパソコンをわざと壊し、修理に持って行くよ、と告げて―日記の大部分は削除されていたためか、彼女は安心して提出し―“新人”は祈るような気持ちで解析にかけ、大部分を修復し。

結果。

彼の一縷の希望は、儚くも打ち砕かれた。

愛されているのではないのか、と言う推測も楽観も。全て前述―




『今日も一匹の虫が、花の香りに誘われて自分からやって来た…。エサをあげたらまた遊びに来るって。可愛いけど、どうしようかな、害虫』




この日記の文章と、それが綴られた日付―、“新人”自身が彼女の家を初めて訪れた日にちとが同一な事実に、衝撃を受け。

犯罪者を一時でも信じた自分自身の甘さと、改めて自身が相手にしているのは普通の人間ではないのだ、と立ち直れないほどの絶望にうちひしがれ。

もはや、捜査など出来ない状態になった彼に代わり登場したのは。

上司の“係長”だった。

最後の作戦の指揮を執るのは通常の事なのだが、今回は自らも捕物の舞台に上がると言った。

なぜなら―。
















to be continued