課税のための土地台帳
こんにちは![]()
岩手県任期付職員の小室寿明です
前回は、不動産登記制度が74年前にできたということをお話ししました。
今回は、不動産登記制度ができる前の土地表示についてです。
実は、農地売買が解禁されたのは、1882年(明治15年)の太政官告示から。
その際に土地毎の「地券」発行が始まり、それが現在の登記簿の原点とされます。
併せて明治政府は、土地に課税することを目的に土地台帳
を作成。
を作成。豊臣秀吉が「太閤検地」で作成した米
の石高などを表す検地帳
を元とし、1874年から7年の歳月を費やして作成されたとのことです
の石高などを表す検地帳
を元とし、1874年から7年の歳月を費やして作成されたとのことです▶︎土地台帳には、それぞれの田畑の位置関係と大きさが描かれており、課税な基礎となる米などの取れ高を示す「●等畑」との記述が付されています。
土地台帳
には、道は赤色、水は青色で描かれており、「赤線」「青線」の通称は、ここから生まれたものと思われます。
には、道は赤色、水は青色で描かれており、「赤線」「青線」の通称は、ここから生まれたものと思われます。この土地台帳は、現在「絵図」と呼ばれ、今でも、土地の歴史的経過や位置関係などを知るため時々使われます。
この「絵図」ができたからこそ、米
などによる年貢(ねんぐ)から地租課税への転換が実現したのです
などによる年貢(ねんぐ)から地租課税への転換が実現したのです※またまた長くなったので、以下再び次号です。



