再生への長い苦難
こんにちは![]()
岩手県任期付職員の小室寿明です
先ごろ、初めて福島県の浜通りに入りました。
東京電力福島第一原発事故で大量の放射性セシウム等が放出され、年間線量20ミリシーベルトを超える浜通り一帯の地域は、国により人の住めない避難区域(後に帰還困難区域)に指定されました
あれから8年が経ち、除染等の取り組みにより、徐々に帰還困難区域が縮小されつつあるところ。
今回立ち寄ったのは、2年前に帰還困難区域の一部解除された浪江町です。
事故を受け、福島県二本松市に仮移転していた浪江町役場が6年ぶりに再開。
敷地には「おかえりなさい ふるさと浪江町」の横断幕、庁舎には「新たな歴史の1ページを共に創ろう再スタートなみえ」との懸垂幕が掲示されています
3.11福島第一原発事故当時の浪江町の人口は21,434人でしたが、全町避難を余儀なくされたことで、住民は全国に離散。
今年6月末現在、福島県内に14,184人、県外に6,198人(内島根県に6人)が避難したままとなっており、浪江町に戻ってきた人はわずか6%…
役場入口には空間線量マップが掲示されており、青➡︎緑➡︎黄➡︎赤となるに従い高線量に(※白地は帰還困難区域)![]()
放射性物質は、浪江町の南に位置する双葉町にある福島第一原発から北西部方向に飛散しており、浪江町西部も高放射線量区域となっています。
福島再生への長い苦難が、今も続いています





