次男に引かれて
こんにちは
松江の行政書士&ファイナンシャルプランナーの小室寿明です
手持ちの写真からみつくろった「今日のベストショット」。
今回は、「牛
に引かれて善光寺詣り」の善光寺です。
ことわざが意味不明でググッてみると、「人に誘われて行ったことが、思いがけずよい結果をもたらすこと」とありました。
次男が就職したので何度か訪れることになった長野市。
次男に引かれて、まずは善光寺です。
今のところ特別なご利益と言えるものはありませんが、二男が元気で仕事に励んでくれること、親も元気でいられることがまずは幸いと思うところです。
【善光寺の概要(公式HPから転載)】
御本尊の一光三尊阿弥陀如来様は、インドから朝鮮半島百済国へとお渡りになり、欽明天皇十三年(552年)、仏教伝来の折りに百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像といわれます。
戦国時代に入ると、善光寺平では武田信玄と上杉謙信が信濃の覇権を巡り、川中島の合戦を繰り広げました。弘治元年(1555年)、武田信玄は御本尊様や多くの什宝、寺僧に至るまで、善光寺を組織ごと甲府に移しました。その武田家が織田・徳川連合軍に敗れると、御本尊様は織田家、徳川家の祀るところとなり、最後は豊臣秀吉が京都・方広寺の御本尊としてお奉りいたしました。そして、秀吉の死の直前、如来様がその枕元に立たれ、信濃の地に戻りたい旨をお告げになり、それによって慶長三年(1598年)、四十数年ぶりに善光寺にお帰りになられました。
戦乱の時代に巻き込まれ、荒廃を余儀なくされましたが、江戸幕府開府に伴い、徳川家康より寺領千石の寄進を受け、次第に復興を遂げて参りました。泰平の世が続き、一生に一度は善光寺詣りをと、多くの人々が参詣されました。念仏を唱えて一心に祈る者を皆極楽浄土に導いて下さると、一貫して男女平等の救済を説く寺院として知られていました。



